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神から選ばれたアーティストのひとり
音楽の神様がいるというのであれば、ケラーニはまさしくその神から選ばれたアーティストのひとりであると言えるだろう。彼女の人生を辿っていくと、音楽という存在が彼女の道を照らし続け、然るべきところへ導いてきたかのように思える。
アフリカ系アメリカ、白人、ネイティブアメリカン、スペイン、フィリピン系ネイティブアメリカンという多様な血を引くケラーニ。麻薬中毒だった父を幼い頃に亡くし、母も薬物依存で逮捕され、叔母の元で育った彼女は、複雑な環境に身を置きながらも、ダンスに出会い、ジュリアード音楽院へ入学する。バレリーナになる夢を思い描いていたが、膝を負傷し断念。そこから音楽と出会い、その道へ進むことを決意した。
そんな彼女の音楽的な才能が開花されたのが14歳の頃。地元のアーティストであったトニ・トニ・トニのドゥエイン・ウィギンスの息子たちと出会い、ドゥエイン・ウィギンスがプロデュースしたポップライフというティーングループのメンバーのヴォーカルを務めることになる。ポップライフは、人気オーディション番組『America’s Got Talent』に出演し、決勝まで進出。優勝は出来なかったものの、ファイナリストとして、スティーヴィー・ワンダーとの共演も果たした。こうして日の目を浴びるも、契約問題でポップライフを脱退。どんどん音楽から遠ざかっていった。
再び音楽の世界へ舞い戻ることに手助けした救世主
しばらくは住む家もなく、半ばホームレスのような生活を送っていた彼女。毎日フラフラとしていたところに、また音楽が彼女に手を差し伸べる。ポップライフで『America’s Got Talent』に出演した時に司会を務め、彼女のその才能に射抜かれていたニック・キャノンから連絡が来たのだ。「何か手伝えることはあるか?」と尋ねてきた彼に、彼女は「スタジオに入りたい!」と答え、再び音楽の世界へ舞い戻ることになる。
そして、彼女は2014年にミックステープ『Cloud19』をリリース。このミックステープが、早耳のリスナーからどんどん世界へと広がっていき、注目を集めていった。complex誌では、「いかにしてR&Bが2014年の救世主となったか」という見出しで彼女を紹介し、Pitchforkは彼女のミックステープを「2014年最も見過ごされた作品」の一つと称した。BuzzFeedは「貴方の人生に欠かせない41人のSXSW 2015出演アーティスト」という特集において、彼女を第4位に抜擢し、彼女は最終的にSXSWで「最もツイートされたアーティスト5人」に選ばれる。
彼女は、一枚のミックステープから、瞬く間にR&Bを語る上では欠かせないミュージシャンとなったのだ。翌年には、2作目となるミックステープ『You Should Be Here』を発表。チャンス・ザ・ラッパーや、ザ・シカゴ・キッドも参加し、翌年のグラミー賞で最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム部門の候補になり、さらに評価を集めた。そして、2015年にAtlanticレコードとメジャー契約を結び、2016年には自身のシングル「CRZY」がロングヒット。映画『スーサイド・スクアッド』のサントラに提供したシングル「ギャングスタ」もヒットを飛ばし、アーティストとして確固たる地位を築きあげた。

自身の力で作り上げたDIY的なアルバム『It was good until it wasn’t』
ケラーニにとって4作目となる『It was good until it wasn’t』は、ジャネイ・アイコ、ラッキー・ダイエ、ジェイムズ・ブレイク、トリー・レーンズ、マセーゴなど今の音楽シーンを牽引するアーティストが参加している。
前回リリースしたアルバムから、元彼であるYGとの破局、自身の出産、親交のあった友人アーティストの死など、自分を取り巻く環境が目まぐるしく変わっていく中でも、音楽制作を続けていた彼女だが、このコロナ禍がさらに追い討ちをかけた。レーベルはアルバムのリリースを遅らせるとの指示を彼女に出したのだ。
それを受け、予定通りリリースをさせたい彼女は自分ひとりでプロモーション活動をすることを決める。彼女が住むカリフォルニアは外出制限がされ、家からは出られない状況。そんな中、彼女は親しいカメラマンを自宅に呼び、アルバムのカバーワークや雑誌に展開するPR素材を制作。そして、自身でミュージックビデオの撮影や編集をし、自粛をしながらリリース日に合わせてカメラマンと二人でアルバムを作り上げたのだった。
この状況下でのDIY的なアルバムのリリースは、話題を呼び全米初登場2位を獲得。iTunesやApple Musicでは自身のキャリアでは初となる総合1位を獲得した。ありのままの彼女がたっぷりと詰まったこのアルバム。これまで彼女の音楽を聴いてきた人も、これから聴く人にとっても、彼女を知る上でキーポイントとなる一枚に違いないだろう。