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バッドバッドノットグッドとゴーストフェイス・キラーの傑作コラボ・アルバム『Sour Soul』
バッドバッドノットグッドの音楽をジャンルで表すのは難しい。大学でジャズを学んだ彼らの根底にはジャズのセオリーがあるのだろうが、彼らの曲には色々な要素を取り入れて再解釈するヒップホップ精神が感じられ、ときにダークに、ときに美しく輝くエレクトロニック・ミュージックのような妖しさも纏っている。もしかしたら、そういった音楽の本場であるアメリカでもヨーロッパでもない、カナダという土地で生まれ育ったことが関係しているのかもしれないが、彼らは特定のサウンドやスタイルに固執している様子をまったく見せない。インターネット世代ゆえのボーダレスな感覚も、確実に、彼らの音楽が多様である理由のひとつだろう。
マット・タヴァレス(キーボード)、アレックス・ソウィンスキー(ドラムス)、チェスター・ハンセン(ベース)の3人からなるバッドバッドノットグッドが注目されるようになったきっかけも、やはりインターネットであった。オッド・フューチャーの楽曲を彼ら流にカバーしたセッションを撮影した動画「The Odd Future Sessions」をYouTubeにアップすると、瞬く間に話題になり、タイラー・ザ・クリエイターとのコラボへと発展。そして2011年に『BBNG』、2012年に『BBNG 2』といったアルバムをBandcampにて自主的にリリース。それらのアルバムにはア・トライブ・コールド・クエスト、ワカ・フロッカ・フレイム、カニエ・ウエスト、ジェイムス・ブレイクなど、様々なアーティストのカバー曲が収録されており、さらなる話題を呼んだ。
それと同時期に、ウータン・クランのRZAが監督と脚本を手がけ、出演も果たした映画『The Man with the Iron Fists』のサントラに楽曲が起用。その後も多くの楽曲提供やリミックスを経て、2014年には待望の(正式な)デビュー・アルバムであり、初めてオリジナル曲のみで作ったアルバム『III』がInnovative Leisure(日本ではBeat Records)から発売され、初来日も果たした。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの3人が、今度はウータン・クランのゴーストフェイス・キラーとタッグを組み、コラボレーション・アルバム『Sour Soul』をLex Recordsから発売した(国内流通仕様盤は3月4日にBeat Recordsから発売)。
60年代~70年代のソウル、ファンク、ジャズ、映画音楽といったサウンドを彼らなりに表現したサウンドスケープに、ゴーストフェイス・キラーの鮮烈なストーリーテリングが展開する同作では、『The Man with the Iron Fists』と『III』の制作にも参加していたフランク・デュークスがプロデューサーとしてディレクションを担当。アナログ環境の揃ったスタジオでのレコーディングであったらしく、早速今年のベスト入りを予感させる素晴らしい内容になっている。メンバーの3人に話を訊いた。
カナダの気鋭バンドとウータン・クランのMCという、異色コラボの経緯
―― 今回のコラボレーションはどのようにして実現したのですか?
チェスター・ハンセン:これはもう3年くらい前から制作していたアルバムなんだ。初めてトロントでライブをやったときに、だいたい4年前かな、プロデューサーのフランク・デュークスに出会った。彼とトロントでセッションをやったりしたんだけど、その翌年の2012年に、彼から「うちのスタジオでインストを録ろう」と誘われてニューヨークに行ったんだ。彼はメナハン・ストリート・バンドのDunham Studiosというところで制作していた。チャールズ・ブラッドリーとかDaptone Records関連作を作っている素晴らしいスタジオだよ。そっち方面のアーティストとも彼は制作していたんだ。そこで彼とたくさんインストを作ったけど、制作段階では、具体的にそれらを何に使うかまだ決めていなかった。デュークスがゴーストフェイスにトラックを渡すと、彼がそこにラップを乗せてくれた。それから3年ほどかけて、僕たちとデュークスで微調整したり、部分的に変更したりして磨き上げて、ようやくアルバムが完成したんだ。
―― ウータン・クランの音楽は昔から聴いていましたか?
全員:もちろん!
―― ゴーストフェイス・キラーのようなレジェンドと制作するのはどういう気分でしたか?
マット・タヴァレス:さっきチェスターが言ったように、制作している段階では、ゴーストフェイスとコラボすることになるとは思っていなかったんだ。ちなみに、そのときに録ったトラックの幾つかが、RZAの『The Man with the Iron Fists』のサントラに使われた。実感が湧いたのはゴーストフェイスとメールでやりとりをして、最初に何曲かラップを乗せてくれたのを聴いたときかな。「すげえ、本当にゴーストフェイスと一緒にアルバムを作ってるんだ!」と実感したよ(笑)。
アレックス・ソウィンスキー:もともとデュークスはゴーストフェイスにオファーするつもりだったみたいだけど、そのときの僕たちはまだデュークスと会ったばかりだったし、正直それほど期待とかはしてなくて、「面白そうだからやってみるかな」くらいの軽い気持ちだった。

バッドバッドノットグッドのサウンドが確立したニューアルバム
―― インストゥルメンタル曲とボーカル曲では、制作のアプローチに違いはありますか?
アレックス:このプロジェクトをやり始めた頃、僕らはカバーをやったり徐々にライブにも出演するようになっていて、自分たちのサウンドを探っている時期だった。突然デュークスと制作を始めることになったから、最初は手探り状態だったね。とにかく色々な音楽を聴いて、アイディアを試して、コード進行とか変調とか展開とかを研究して、Dunham Studiosの素晴らしい機材を色々と使ってみた。デュークスには明確なヴィジョンがあったし、スタジオ環境にも慣れていたから、彼に導いてもらってとてもやりやすかった。ラップが乗ることを考えて制作するのは結構難しかったけど、全体的に見て統一感のあるサウンドになったし、聴く人の色々な感情を掻き立てるものでありながら、自分たちが心底面白いと思える作品にもなったと思う。デュークスの存在はすごく大きかったよ。
―― 制作のプロセスと、各メンバーの役割を教えてください。
チェスター:基本的には僕たちがセッションをして、デュークスがミキシング卓の前にいる感じだったけど、場合によって立場が入れ替わったりした。とにかくデュークスと僕ら3人で土台となるものを作って、曲によっては他のミュージシャンを呼びながら、あとはひたすらいいと思えるものが仕上がるまで試行錯誤したんだ。曲によっては、ゴーストフェイスのラップを聴いてから、彼のリリックの内容に合わせて作り直すこともあったし、曲によってプロセスは全然違ったね。
アレックス:Dunhamでのレコーディングで、初めてアナログ機材を使うことができたんだ。テープマシンとか古いマイクとかがあって、ドラムの音なんて60年代の音そのものだった。昔からどうやってそういう音が生み出されていたのか知りたかったから、とてもワクワクしたね。特にマットが夢中になっていた。もともとマットはプロデュースに興味があって、デュークスとウェイン・ゴードンというエンジニアに色々と面白いテクニックとかを教わって、最終的には彼がプロデューサー的な立ち位置になった。すごくいい経験になったようだし、マットにお疲れさまと言いたいね。
マット:いえいえ。
―― このアルバムは60年代~70年代のソウルを意識した作風になっていますが、どういった曲を参考にしましたか?
チェスター:もともと60年代や70年代のソウルは大好きだったけど、デュークスにそれまで聴いたことがないようなレアで面白いレコードをいっぱい聴かせてもらったんだ。アイザック・ヘイズとかもあったけど、とにかく幅広く色々なものを聴いて、吸収した。3年ほど前に制作を始めたことが、僕らにとって一種のターニング・ポイントになったと思う。色々な音に触れて、視野が広がって、感性を磨くことができたんだ。
アレックス:ニューヨークで曲作りを始めた頃は、やっぱりメナハン・ストリート・バンドとかDaptoneのことは意識していたかな。メナハンのドラマーのホーマー・ステインワイスにすごく影響されたんだ。彼の安定したプレイは尊敬に値する。最初にあのスタジオで演奏するのは緊張したよ。すごいミュージシャンがいっぱいいたからね。でもこのアルバムは3年の歳月をかけて作り上げたものだから、参考にしたものとか影響を受けたものはたくさんありすぎて、絞ることはできないね。

シネマチックなジャズ・ソウルがヒップホップと衝突した新作
―― ゴーストフェイス・キラーと同じスタジオで作業する機会はありましたか?
アレックス:インストとラップは全部異なる場所でレコーディングしたんだ。基本的にゴーストフェイスはニューヨークに、僕たちはトロントにいるからね。ニューヨークで作業しているときも、彼は多忙だから一緒にレコーディングしたりはできなかった。でも、別々にやるメリットもあるんだ。ゴーストフェイスには自分のスタジオがあるし、やり慣れている環境でやったほうが本人にとってベストなものができると思う。電話やメールでやりとりしたり、デュークスが方向性などを色々と彼に伝えてくれた。ゴーストフェイスが自分の感性でトラックを聴いてリリックを書いてくれたものもあるから、結果的に面白い解釈になったと思う。同じ場所で一緒に曲を作るのも素晴らしいことだけど、今の時代、インターネット上のやりとりだけで曲を作ることができるし、それはそれで面白い作り方だと思う。実際にゴーストフェイスと会ったのも、ずっとあとになってからのことだった。すごくいい人だったよ。
マット:今はメールでやりとりするのがむしろ普通だよね。みんなツアーだのなんだので世界各地を転々としていて忙しかったりするし。メールの長所は、例えばこっちがビートを送っても、向こうの気が乗らなかったら、無理に仕上げる必要がないということだ。その3ヵ月後に創作意欲が湧いたときにやったほうが、ベターな出来になるかもしれない。このアルバムに参加してくれたラッパーは、みんなそういう感じで録ったんだ。
―― エルザイ、ドゥーム、ダニー・ブラウン、ツリーの4人がフィーチャーされていますが、このメンバーはどうやって揃ったのですか?
アレックス:デュークスはエルザイやダニー・ブラウンとも過去に制作したことがあるんだ。ダニーのアルバム『Old』(2013年)に入っている「Float On」はデュークスの制作だけど、あのトラックを提供した代わりにこのプロジェクトに参加してもらう、みたいな話になっていた。ダニーはゴーストフェイスの大ファンだったから、とても喜んでいたよ。
マット:ダニー・ブラウンからiPhoneで録られたデモが届いたけど、それから1年くらい経って、アルバムの完成間近にようやくファイナル・バージョンが送られてきたんだ。ドゥームのときもギリギリだったね。ドゥームはレコーディングにすごく時間がかかる人だから、なかなかヴァースが送られてこなくて、かなり焦ったよ。ツリーは僕らの友人だ。4年ほど前に知り合って、彼のミックステープの『Soul Trap』や『Sunday School』を聴いてみたらヤバくて、それ以降ずっとインターネットでやりとりをしていた。
個性派リリシスト、MFドゥームとの邂逅を果たしたバッドバッドノットグッド
―― あなたたちとドゥームはとても相性がいいと思いましたが、彼とのコラボ・アルバムが実現したら最高ですね。
全員:やりたい!
アレックス:現実的ではないけどね。1曲を録るのにあれだけ時間がかかったから。今制作を始めたら、発売は2020年かな(笑)。
―― Lex Recordsはドゥームの作品を数枚リリースしたイギリスのレーベルです。Lexとはどういう繋がりがあったのですか?
チェスター:もともとこのアルバムはLexからリリースする予定ではなかったけど、イギリスでライブをやったとき、確か2012年かな、知り合いにLexのスタッフを紹介されたんだ。そのときにこのアルバムの初期のデモを渡した。その繋がりからJJドゥームのアルバムの「Guv’nor」のリミックスのオファーがきた。デュークスも色々とレーベルの検討をしていたけど、最終的にLexに決めた。いいレーベルだと思うよ。
アレックス:確かその翌年くらいにドゥームやビショップ・ネルーとライブで共演したんだ。そのときにマスクをしていないドゥームと少し話したけど、めちゃくちゃ緊張して、頭が真っ白になったね(笑)。それ以降、やりとりを続けていた。
急激な躍進を続けるバンド、バッドバッドノットグッド
―― 昨年初来日を果たしましたが、日本はどうでしたか?
マット:最高だったよ! 今まで行った国のなかで一番クールだった! でも3日間しかいられなかったし、ずっと時差ボケだったし、なかなか寝られなかったし、ぼんやりとしか憶えていないんだ。でも楽しかったことはよく憶えているよ。大阪でたこ焼きを食べたね。
アレックス:レコード屋でソウルの7インチを掘ったりしたし、すごく楽しかったよ。
―― あなたたちは幅広い音楽性を持っていますが、それぞれの音楽的な嗜好も似ているのですか?
チェスター:そうだね。やっぱりいつも一緒にいるし、みんな同じものが好きだ。誰かがヤバい曲を見つけて他のふたりに聴かせれば、たいていそのふたりもヤバいと言うしね。みんな、とにかく色々なものが好きなんだ。なるべく多くのサウンドを聴くようにしているし、音楽の歴史を勉強したり、知らないレコードをディグしたり、そういうことは常にしている。
アレックス:制作する上で、みんなが同意見のときもあれば、意見がわかれるときもある。今、次のアルバム用に曲を作っているけど、順調に制作できているよ。なるべくそれぞれの意見を取り入れて、色々な可能性を試すようにしている。壁にぶつかることもあるけど、3人で一緒に解決していく感じだね。
チェスター:このバンドの強みは、仲がいいから一緒に曲を作っているときも、お互い本音を言い合えるところ。「それはあまりよくないな。こうしてみるのはどう?」といった具合にね。それは確実に強みだと思う。
―― 最後に、バッドバッドノットグッドとして活動していて一番よかったこと、楽しいことは何ですか?
マット:ただ友達とハングアウトしていることが、仕事になっているのが楽しいね(笑)。それと、作りたい音楽を自由に作ることができているのも最高だ。セールスとかを意識せずに作って、それを仕事としてやることができているのはありがたいよ。
アレックス:このメンバーで一緒にいるのは、いつでも最高に楽しいよ。今まで演奏してきたなかで、今が一番いい状況だと思う。ふたりのメロディーとかハーモニーのセンスは完璧なんだ。それに世界各地やインターネットで色々と素晴らしい出会いもあった。よかったことを挙げたらキリがない。日本にも行けたしね。僕は信じられないくらい恵まれている。
チェスター:ふたりが言ったこと全てに同意するよ。また日本の話になるけど、僕は昔から日本に興味があったけど、まさか音楽で日本に行けるとは思っていなかった。行くとしても、せいぜい金を貯めて旅行で行くくらいだと思っていたからね。そうやって行ったことのない場所に行けて、多くの素晴らしい人と出会えて、世界中の人々に僕たちの音楽を聴いてもらえるんだから、マジでクレイジーだよ!
Words by Danny Masao Winston / Photos by Thomas Dagg
RELEASE INFORMATION
Badbadnotgood & Ghostface Killah 『Sour Soul』

- 2015.3.4
- Lex Records / Beat Records
- ¥1,857(+税)
- BRLEX-103
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