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ジャズを革新し、ジャズの伝統を受け継ぐシンガー、ホセ・ジェイムズ
名門Blue Noteに所属しているシンガーではあるものの、ホセ・ジェイムズのディコグラフィを見てみれば、ジャズという枠組みに収まらないアーティストであることは一目瞭然である。ジャイルス・ピーターソンのBrownswood Recordingsからリリースされたデビュー・アルバム『The Dreamer』(2008年)で、現行ジャズを牽引する気鋭シンガーとして注目を浴びるも、『Blackmagic』(2010年)ではフライング・ロータスやテイラー・マクファーリンといったトラックメイカーとの邂逅を果たし、ベルギーのピアニスト、ジェフ・ニーヴとの『For All We Know』(2010年)では、ピアノとヴォーカルのみでジャズ・スタンダードをカバー。
Blue Note移籍後にリリースした『No Beginning No End』(2013年)ではピノ・パラディーノやロバート・グラスパー、クリス・デイヴらと共にジャズとR&Bの境界線を不明瞭にし、『While You Were Sleeping』(2014年)ではロックやエレクトロニック・ミュージックの世界へと手を伸ばした。アルバムをリリースするごとに新しい一面を見せているホセ・ジェイムズだが、今回は自身のルーツへと立ち返り、シンガーを目指すきっかけになったという伝説のジャズ・シンガー、ビリー・ホリデイに捧げるトリビュート・アルバム『Yesterday I Had the Blues: The Music of Billie Holiday』を発表した。
2015年が生誕100周年にあたるビリー・ホリデイのことを、ホセ・ジェイムズは「史上最高のジャズ・シンガー」と敬愛しており、同作ではジェイソン・モラン(ピアノ)、ジョン・パティトゥッチ(ベース)、エリック・ハーランド(ドラムス)というトリオ編成のバンドをバックに、ビリー・ホリデイの愛唱歌として知られるスタンダードを歌い上げている。Blue Noteの現社長であり、数々の名作を手がけてきた名プロデューサー、ドン・ウォズがプロデュースを手がけている点も注目である。Billboard Liveでのライブのために来日したタイミングで、ホセ・ジェイムズにインタビューを敢行。ビリー・ホリデイの魅力から、アメリカ社会の現状まで語ってもらった。

―― あなたのキャリアを追っていると、現代ジャズを積極的に革新する一方で、伝統的な側面も継承しようとしている印象を受けます。
気づいたんだけど、2アルバムごとのパターンができているね。『The Dreamer』と『No Beginning No End』はジャズとかR&Bを僕なりに解釈したものだった。それは反響がすごくいい。すると、その反動からか今度は多少実験的なことをしたくなる。それが『Blackmagic』だったり、『While You Were Sleeping』だったりした。そうすると、今度は原点回帰的な、伝統的なものをやりたくなる。それが『For All We Know』と、今回の『Yesterday I Had the Blues』なんだ。
決して意図的ではなくて、気づいたらこうなっていた。でもこれはいい循環だと思う。ときにはルーツに回帰したいんだ。意義のある作品であればね。ジャズはとても深い意味を持つ音楽だから。もちろん、前から言っているように、僕はただのジャズ・シンガーだとは思われたくなくて、ジャズも含めて、色々な音楽ができるアーティストだと捉えてもらいたいけど、やる価値のある作品だと思えば、本気でジャズもやりたい。今回参加してくれたミュージシャンもジャズ畑の間違いないメンバーだ。お金稼ぎのためとか、なんとなくの気持ちでトリビュートをやるつもりはなかった。
―― ビリー・ホリデイをトリビュートするのはご自身のアイディアだったのですか?
そう。3年くらい前にブリュッセルでビリー・ホリデイの誕生日にトリビュート・ライブをやったんだ。コルトレーンの誕生日にもトリビュートをやった。これは一回限りのイベントとしてやったけど、2015年がビリー・ホリデイの生誕100周年だと気づいて、アルバムをやりたいと思ったんだ。彼女とコルトレーンとマーヴィン・ゲイが、僕が最も影響を受けたアーティストだからね。だから自分が彼女にどれほど影響を受けてきたかをファンに伝える意味でも、何かトリビュートをやりたいと感じた。
ホセ・ジェイムズが敬愛するジャズ・レジェンド、ビリー・ホリデイ
―― ビリー・ホリデイを「史上最高のジャズ・シンガー」だと考える理由を教えてください。
ジャズ歌唱の第一人者はルイ・アームストロングだし、彼がキングだと思う。ビリーはその次の世代のシンガーだけど、僕にとっては、彼女が究極のジャズ・シンガーなんだ。彼女はルイ・アームストロングやベッシー・スミスといった先人がやってきたことを自分のものにした。レスター・ヤングやベン・ウェブスターのようなサックス奏者もね。そしてそれまで誰もやっていない歌い方を披露したんだ。ハーモニーやメロディーが洗練されていて、感情表現はとても豊かで、しかもそれを即興で歌う。前代未聞の歌手だった。今でも多くの人が彼女の歌を分析して、学ぼうとする。彼女の感情表現にまずは引き込まれるけど、じっくり聴くと、とても洗練されていることがわかる。僕は、彼女の音楽からジャズを学んだんだ。
―― オリジナル曲と比べて、スタンダードをレコーディングすることには、どのような難しさがありますか?
自分の曲の場合、その曲の歴史を考える必要はない。なにしろ、最初に歌うのが僕だからね。このアルバムで歌っているスタンダードは、これまで数えきれないほどカバーされてきた。そしてたいていの場合、どの曲にもベストなバージョンというのが存在する。ビリーのバージョンがベストな曲が多いと思うけどね。だから、現代のアーティストがこういったスタンダードを歌うなら、自分の経験や感情を込めて、自分らしく表現することが重要だと思う。ただ歌うのではなく、心から僕のストーリーを伝える意志を込めてやったんだ。ビリーもそういうシンガーだった。彼女はとてもテクニカルだったわけでもないし、サラ・ヴォーンのように広い声域を持っていたわけでもないけど、感情の表現の仕方が凄まじかった。彼女が歌う言葉は全て心に響き、嘘偽りないものだと思えるんだ。
―― 今回のセッションに参加したミュージシャンの人選基準は?
全員、僕が選んだんだ。ジェイソン(・モラン)とは数年前から一緒に何かやろうと話していた。彼と、ドン(・ウォズ)、ジョン(・パティトゥッチ)、エリック(・ハーランド)のメンバーが揃うなんて、今回は本当に運がよかったと思う。全員のスケジュールが合う日が2日間だけあって、その2日間で全てを終えた。というか、レコーディングそのものは4時間で終わったんだ。それほどの化学反応が起きていた。どんどんいいテイクが録れて、あっという間だったね。今までで一番素晴らしいセッションだったよ。
ビリー・ホリデイの音楽に新たな息を吹き込んだミュージシャンたち
―― 各メンバーの魅力を教えてください。
ジェイソンは、ヒップホップ・ピアニストの第一人者だ。(ロバート・)グラスパーよりも先に、ジャズとヒップホップの世界の架け橋となった存在で、彼が道を切り開いたことで、グラスパーのようなミュージシャンが羽ばたけたんだ。「I Thought About You」の最後の部分が面白いね。事前に話し合っていたわけではなく、ただ感じるままに演奏してもらったけど、最後の部分はサンプリングされたメロディーのように聴こえるんだ。自然とああいうものが彼の指先から出てきた。ジェイソンは何でも弾ける敏腕ピアニストだね。挑戦的なことも色々としてくれた。
このアルバムは過剰にアレンジメントに凝ったり、事前にパートをしっかり練習してからレコーディングするのではなく、ただひたすら無心で演奏するような、ピュアなジャズ作品にしたかったんだ。マイルス(・デイヴィス)のように、何も考えずに演奏した。そういったことを可能にするには、人選が大事だとマイルスも言っていた。だからジェイソンを選んだんだ。彼はサポート役に回ることができて、押し進めることもできる存在だ。
ジョンは、アコースティック・ベース界において、クリスチャン・マクブライドと並んでトップに君臨する存在だと思う。彼はインスト・ジャズの巨匠クラスの人たちと演奏しているような人物だから、一緒に仕事できて光栄だった。シンガーと演奏するのは今回が久しぶりだったらしいから、彼にとっても面白いセッションになったと思う。ベーシストとしてずば抜けているし、他の演奏者のプレイを引き立たせることに長けている。今回素晴らしいソロも何度か披露してくれたね。
エリックとは今回初めて共演したんだ。彼が売れっ子の理由がわかったよ。彼はトニー・ウィリアムスとエルヴィン・ジョーンズを足して2で割ったようなドラマーだ。パワーのあるプレイをしているのに、同時に、すごく緻密なリズムを刻み込む。ひとつの拍子を演奏するのではなく、常にポリリズムなんだ。色々なリズムを重ねているんだけど、よく聴かないと気づかない。すごく複雑だけど、聴いていて心地いい。抑えるときは抑えることも心得ているしね。

アルバムのプロデュースはBlue Note社長のドン・ウォズ
―― 今回、ドン・ウォズがプロデュースを担当していますが、具体的に彼はどういう形で参加したのですか?
彼は“雰囲気”を作る存在だった。ドンみたいな人物が同じ空間にいれば、エンジニアも、スタジオのスタッフも、ミュージシャンも全員が緊張感を持つし、本気になるんだ。数々のアーティストの名盤をプロデュースしてきた彼がこの場にいるのだから、自分のベストを出さないわけにはいかない、といった具合にね。でも、とても穏やかでクールな人だった。リック・ルービンみたいだ。「今のテイクでOKだ。よし、次に行こう」という感じで、彼のおかげでレコーディングの進行もスムーズだったね。レコーディングしているミュージシャンは、必ずしも客観的に全てを把握することはできないと思うんだ。だから彼のように一歩引いて全体を見ている人が「よし、今のでOKだ」と言ってくれると心強い。スタジオで無駄な時間をすごす必要もなくなるしね。
―― 今回選んだスタンダードは、もともとあなたのレパートリーでもあるそうですね。「Body and Soul」と「Tenderly」は『For All We Know』でも歌っています。
「Body and Soul」は定番中の定番だからね。個人的に一番好きなスタンダードが「Tenderly」なんだ。実は、ビリー・ホリデイが実際に「Tenderly」を歌ったかどうかはわからない。歌ったとしても、録音していないと思う。少なくとも僕は聴いたことがないんだ。でもこのアルバムで一番伝えたいことは、僕がいかにシンガーとしてビリー・ホリデイに影響されたか、という点であって、自分を表現する上で「Tenderly」はどうしても入れたい曲だった。それ以外の曲はビリーが作ったか、彼女が歌ったことで知られている曲で、自分の人生に当てはめることができるものを選んだ。彼女が歌った曲のなかには、僕が歌うことに躊躇するようなものもたくさんある。例えば「彼に暴力を振るわれたけど、愛してる」なんて僕が歌ってもおかしいだろ? 「God Bless the Child」、「Strange Fruit」、「Good Morning Heartache」といった曲は、ビリー・ホリデイを語る上で絶対に外せないと思った。
―― レコーディングするときは、どういったことを意識しましたか?
レコーディング当日、僕は朝6時半にロスからニューヨークに戻って来て、家に帰って支度して、スタジオに向かい、すぐにセッションを開始した。だから実は、あまり深くは考えていなかったんだ(笑)。でもそれがむしろよかったと思う。なぜなら、このプロジェクトをやると決めたとき、「ビリー・ホリデイの曲をやるなんてすごいね。よく自分と彼女を比較できるね」などと人に言われたんだ。でも僕にとってこれは、彼女と自分を比較しているわけではない。自分のベストを尽くして、彼女に敬意を表しているだけだよ。
ジュニア・マンスから聞いた話なんだけど、昔、ニューヨークにはBradley’sというジャズ・クラブがあって、80年代に潰れてしまったけど、ここは様々なジャズ・ミュージシャンがプレイする人気のクラブだった。特にピアニストで知られていたらしい。店の営業が終わり、客がいなくなると、ミュージシャンだけが残って朝まで夜通しジャム・セッションをしていたんだ。オーディエンスがいないその空間で、ミュージシャンたちは本当の自分を曝け出すことができた。しかもシーン屈指のトップ・ミュージシャンが集まっていたんだ。卓越したミュージシャンたちがハングアウトして、切磋琢磨する場所だったらしい。そういう場所は、もうニューヨークにはない。
僕は残念ながら体験することができなかったけど、このアルバムのレコーディングをする前に、僕はバンド・メンバーにこう言ったんだ。「Bradley’sにいるような気持ちでやって欲しい。午前3時、客がいないクラブで、ただいい音楽を奏でるためだけに演奏しているのを想像して欲しい」。完璧な演奏をするとか、そういうことは重要じゃないんだ。ただ無心に演奏すること。みんな、僕の発言に驚いていたよ。普通、シンガーとセッションをやる場合は、そういった自由はあまり得られないようだから。気取った感じにはしたくなかった。それは僕らしくない。もっと等身大で、自分たちを素直に表現したものにしたかった。自分らしさを出すにはそうするしかないと思う。このアルバムの出来にはとても満足しているよ。最近、映画『Selma』を観たけど、あの映画の音楽はジェイソンが担当しているんだ。そういうレベルの人たちと共演できて本当に光栄だよ。
アメリカ社会についてホセ・ジェイムズが思うこと
―― 黒人に対する差別を嘆いた「Strange Fruit(奇妙な果実)」は、ビリー・ホリデイが歌った曲のなかでも特に有名です。この曲に対してはどういう想いがありますか?
あの時代に、黒人女性がこの曲を歌うことがとても危険な行為であることを知っていながら、彼女はこの曲を歌い続けたんだ。彼女のレパートリーのなかで、最も重要な曲だと思う。当時でも、今でも、大半のアーティストはこれほどのリスクを冒さないと思うんだ。当時、彼女は最も稼いでいた黒人女性シンガーだ。今で言うなら、ビヨンセがアメリカ社会を辛辣に批判するプロテスト・ソングを歌うようなことだよ。それよりもすごいことだろう。それまではあり得なかったことだし、革命的だった。一部からは高い評価を集めたけど、その反面、FBIの指名手配リストに載ってしまったんだ。実際に彼女は逮捕された。政治的なアーティストだとは言わないけど、急進的な活動家だったのは間違いない。彼女が公民権のために果たしたことを忘れてはいけない。
―― 残念ながら、人種間の軋轢は今もアメリカ社会における大きな問題です。あなたの目には、現在のアメリカはどう映りますか?
今はとてもダークだ。正直、怖いね。キング牧師や公民権運動のおかげで制定された法律などが、今になって覆されたりもしている。警官による暴力事件は最近になって増えているわけではなく、ただスマートフォンが普及したから昔より明るみに出ているだけだ。それはそれでいいことだし、いつも希望は持っているよ。最近、タリア・ビリング(註:『While You Were Sleeping』にも参加している女性シンガー・ソングライター/映像作家)と「Peace Power Change」というビデオを作ったんだ。たくさんのミュージシャンに出演してもらって、改革を訴えつつ、平和を願うメッセージ・ボードを掲げてもらった。アーティストが積極的にそういう問題に対するメッセージを発信することは、とても重要だと思う。
―― 「Strange Fruit」では楽器を演奏していませんが、その理由を教えてください。
ブリュッセルのライブでこの曲をやったときも、Loop Stationを使って同じようにやった。そのほうがよりパーソナルで生々しいものになるからね。「Strange Fruit」は、歌っていてとても複雑な気持ちになる曲だから、あまり洒落たジャズにはしたくなかった。この曲が入っていなければ、きっとこのアルバムの印象はロマンチックで美しいものになるだろうけど、「Strange Fruit」がアルバム全体に異なるイメージをもたらしているんだ。

「自分のために音楽を作るのか、それともファンのために作るのか。これは多くのアーティストが抱える葛藤だと思う」 ―ホセ・ジェイムズ
父親としての責任を背負いながら、音楽を続けるホセ・ジェイムズ
―― すでに次のオリジナル・アルバムの制作はしていますか?
曲作りは常にしているよ。今は娘がいるからなかなか時間がないけど、少しでも時間が見つかれば曲を書いている。
―― お子さんがいらっしゃるのですね。
もうすぐ2歳なんだ。家にいるときは子供の面倒で忙しいから、外出中や移動中に曲を作ることが多いね、iPhoneでアイディアを録音して、iPadのGarage Bandで簡単なデモを作ったりする。でも、それはある意味でいいことだとも思っている。時間が限られているからこそ、音楽をやるときは全力でやれるんだ。
―― 父親になってから、音楽を仕事としてやることに対する考え方に変化はありましたか? 例えば、家族のことを考えてセールス面を意識するなど。
娘を大学まで行かせることを考えると、多少はね(笑)。いや、でも最近は、娘ができたこととか、お金の面とかではなく、ファンがどういう音楽を欲しているのかを意識するようになった。ファンの期待に応えるべきか、それとも自分がやりたいことを貫くべきか、そういう葛藤があるときもある。『While You Were Sleeping』のファンの反応を見て思ったのは、あのアルバムは自分にとってすごく大事なものだし気に入っているけど、多くの人は『No Beginning No End』のような、もっとR&Bっぽいものを求めている、ということだ。
自分のために音楽を作るのか、それともファンのために作るのか。これは多くのアーティストが抱える葛藤だと思う。なかには、見事に両立させているアーティストもいる。スティーヴィー・ワンダーとかね。でも多くのアーティスト、特にジャズ出身の人にとっては、どちらかを選ばなくてはいけない場面があるとも思うんだ。今回のアルバムで6枚目になるけど、これまでたくさん自分が作りたいものを作ってきたから、今はファンの期待に素直に応じられる心の余裕がある。もちろん魂を売るようなことは絶対にしないけど、ファンの声は大事にしたいね。
Words by Danny Masao Winston / Photos by Janette Beckman and Masanori Naruse
RELEASE INFORMATION
José James 『Yesterday I Had the Blues: The Music of Billie Holiday』

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