Blue Noteから新作をリリースしたばかりのシンガーに迫る。
Blue Noteから1stフル・アルバム『Soul Eyes』を7月1日にリリースした話題のシンガー・ソングライター/ピアニストのキャンディス・スプリングス。大きなアフロヘアとスラリとした体型が印象的な彼女は、若干の南部なまりで陽気に喋る27歳。故プリンスが生前可愛がっていた若手のひとりでもあり、サム・スミスの「Stay With Me」をカバーした彼女の動画を見たプリンスからSNSで直接連絡を受け、Paisley Parkに招待されたという、まるで映画のようなシンデレラ・ストーリーを持っている。
カントリー・ミュージックの聖地であるテネシー州ナッシュヴィルで生まれ、幼い頃からジャズやソウルに親しんで育ったが、2014年にリリースされたデビューEP『Kandace Springs』はヒップホップやネオソウルとジャズを融合させたものであった。今回発売されたフルアルバムはガラリと作風が変わっており、よりシンプルなジャズやソウルに傾倒している。優雅に流れるピアノメロディーと、しっとり浮遊する彼女の歌声。優しく鼓動するドラムやベース。聴き比べるとまるで別のアーティストの作品のようだが、それは脱皮を経た彼女の真の姿なのである。
今回のアルバムは、ハービー・ハンコックなどを手がけた名匠ラリー・クラインと、リアーナなどのポップからスムース・ジャズ作品までを手掛けるエヴァン・ロジャース&カール・スターケン・コンビによる共同プロデュースであり、ソングライターには彼ら以外に、ノラ・ジョーンズとの仕事で知られるジェシー・ハリスや、キャンディス自身の名前がクレジットされている。演奏面では、フランク・ザッパ門下生の凄腕ドラマー、ヴィニー・カリウタ、スティーリーダン、マイケル・ジャクソンなどの作品で演奏してきた職人ギタリスト、ディーン・パークス、ジル・スコットやミュージック・ソウルチャイルドらの作品での演奏で知られるオルガニスト、ピート・クズマ、そして名トラッペット奏者のテレンス・ブランチャードといった強力なメンバーが名を連ねる。
アルバム・リリースに先駆けて5月に来日し、コンベンション・ライブを行った彼女にインタビューを敢行。前作からの心情の変化、プリンスとの友情、Fender Rhodesの魅力、そして自身の車コレクションについてなど、気さくに語ってくれた。

―― 2014年のデビューEPと比べると、新作は雰囲気がガラっと変わりました。どういった心情の変化があったのか教えてください。
ええ、あのEPは実験的だったのよね。もともと私は10歳くらいにピアノを弾き始めたころからジャズが好きで、ソウルやジャズはずっと弾いていた。でもレコード会社と契約したとき、最初にトライしてみたかったのはヒップホップとのクロスオーバーなものだった。それをやったあと、次のアルバムではもっと私らしいものを作りたいって思うようになって。それで今回のアルバムがこういう方向性になったというわけ。前作はトラックメイカーが作ったビートで歌ってたけど、このアルバムは全て生演奏。私は全曲でピアノやRhodesを弾いてるわ。だから作り方からしても前作ととても違うものだったわね。
―― ほんの2年前の作品ですが、まるで違うアーティストに聞こえますね。
そうね!今回のアルバムが本当の私。
―― そういった、自分らしいサウンドを追求するようになったきっかけのひとつはプリンスの言葉だったと、あなたは他のインタビューで語っています。
そうね。彼とはすごく仲が良かったの。2年くらい前、EPを出す前に初めてPaisley Parkに誘われて遊びに行ったわ。それからもデモ音源を送ったりしたんだけど、ピアノと歌だけのシンプルな曲を送ると、「そういう曲のほうが君らしいね」って言ってくれた。「プロデューサーに作ってもらったトラックは格好いいが、ときに君の声の良さを殺してる。君の声が主役であるべきだ。君の声のトーン、テクスチャーは素晴らしい。自分の歌をメインした作品を作ったほうが良い」って彼に言われた。
―― 今回のアルバムは、前作ほど幅広い層に受け入れられないんじゃないかという恐れみたいなものはありましたか?
とくになかったし、面白いことに、このアルバムのほうが前作よりも各方面から反響があるのよ。そのおかげでこうやって日本に来ることができているし、アジアとかヨーロッパにツアーに行かせてもらえていて。きっとこの作品のリアルさ、正直さが伝わってるんだと思う。
―― 他に現在のサウンドの形成に影響を与えた人物や出来事を挙げるとしたら?
私の父(スキャット・スプリングス)に受けた影響は大きいわ。彼はテネシー州ナッシュヴィルでソウルシンガーをずっとやっていて。今でも毎週ギグをやっているの。もう何十年もよ。チャカ・カーン、アレサ・フランクリン、ブライアン・マクナイト、あとカントリー系の歌手とかと共演したんだけど、彼は誰にも負けない歌声の持ち主だわ。彼がいたから、今の私がいる。
―― EPの曲はまだライブでやってますか?それともあまり過去は振り返らないほうですか?
そうね、もうあまりEPの曲は披露する予定はないけど、「Forbidden Fruit」という曲は今も凄く気に入ってるわ。Rhodesと歌だけのシンプルな曲。面白かったのは、ボストンに行った時、ジャズ・ラジオ番組でその曲がかかってた。EPのなかでも一番ミニマムなあの曲が選ばれたことからも、今作の方向性がやっぱり私には合ってるのかなって思ったわね。
―― ラリー・クラインとの制作はいかがでしたか?
彼はとてもおっとりした人柄で、自由にやらせてくれたからやりやすかったわ。「さぁレコーディングブースに入って、自分らしく歌いな」って言ってくれるの。そして素敵なミュージシャンを沢山呼んでレコーディングができた。業界では有名な一流ミュージシャンと一緒に制作できて光栄だったわ。
―― カールとエヴァンとは長い付き合いなんですよね。
とにかくお互い音楽が大好きっていうところで気が合うの。もう10年くらいの付き合いなのよね。17歳くらいのときに知り合って、そのときからずっと可愛いがってくれた。父親意外で、今私がやってることを可能にしてくれたのは彼らだわ。
―― ジャズ・ピアニスト、マル・ウォルドロンの「Soul Eyes」をカバーしており、アルバム名にもなっていますね。この曲にはどんな思い入れがあります?
彼 [カール・スターケンを指差す] が見つけてくれた曲なの。カールはリアーナとかを手がけた人なんだけど、かなりのジャズ好きでもあって、とてもジャズに詳しいの。スタジオにいた時に「キャンディス、これ聴いてみろよ」って言われて聴かせてもらって、すぐに素敵な曲だと思ったわ。魂が揺さぶられた思いだった。この曲は絶対にカバーしたいと思ったね。そして曲名も、私の音楽をすごく良く表していると思ったから、そのままアルバム・タイトルにしちゃった。
―― ウォーのファンク・クラシック、「The World Is A Ghetto」もカバーしています。この曲を選んだきっかけは?
ラリーの提案だったの。ちょっと変化球も混ぜたいと考えてたみたいで。ウォーのこの曲はすごく格好良いなって思ったわ。ウォーを超えることなんて絶対無理だし、むしろ私がやるのは恐れ多いとすら思った。でも試しに、私なりにやってみたら意外といい感じにできたから、アルバムに乗せようって話になったの。楽しくてファンキーな曲に仕上がったわ。
―― カントリー・シンガー、シェルビー・リンの曲も2曲カバーしています。彼女のどういうところが好きですか?
彼女はとてもソウルフルだと思う。私はもともと彼女のことをそんなに知らなかったんだけど、ラリーに「この曲挑戦してみない?」と言われて聴いたのがきっかけだった。「これらの曲をじっくり聴いて、自分で感じるとおりにピアノで弾いてごらん」って言われて。「Leavin’」の原曲では喋るパートがあるんだけど、ラリーたちに「この部分にメロディーをつけたらどうだ?」って提案されて、自分なりにメロディーをつけてみたの。
―― 「Novocaine Heart」はアップテンポであり、ゆったりした曲の多い同作で際立っていました。この曲はプリンスのお気に入りだったそうですね?
そうなの!彼に最後に会ったのは今年の1月なんだけど、空港で彼を迎えに行ったとき、開口一番に「で、アルバムは?」って言われて。CDを彼に渡して、彼がCDプレイヤーでアルバムを聴くのを隣で見ていたわ。そして「Novocaine Heart」がかかったとき、彼は私のほうを見て、「この曲、好き」って言ってくれた。私とカールとエヴァンとブライアン・アレキサンダーで作曲した曲なんだけど、プリンスが気に入ってくれるなんて本当に光栄だったわ。アルバム全体もすごく褒めてくれて、このアルバムを最初からやるべきだったって彼は言ってた。
―― 一番印象的なプリンスとの思い出について、語ってくれませんか?
良い思い出ばっかりで選べないわ。とりあえず思いつく限り語るね。最初に彼と知り合ったときは、私はジープをいじってた。あ、私は大の車好きなの。そんなときにTwitterに連絡が来ていることに気がついて、送り主がプリンスだった。「まさか本人なわけないよね」って思って、半信半疑だったんだけど、アカウントを見てみたら彼はTwitterで私がやったサム・スミスのカバーの動画をシェアしてくれていたの。「君の夢がこれから全て現実になるよ。Paisley Parkに来ない?俺のバンドとセッションしよう」って言われて。もう、信じられなかったわ!するとCapitolの人から連絡がきて、「プリンスがPaisley Parkに君を招待したがってる」って言われて。『Purple Rain』の30周年イベントでライブをやる話にもなって。その3日後には飛行機に飛び乗ってた。イベントではクロージング・アクトを任されて、ロバータ・フラックの「First Time Ever I Saw Your Face」を歌ったわ。
彼との思い出で印象深いのは一緒に映画館に行ったこと。彼は映画館を借り切りにして、スタッフもひとりくらい残してあとは全員帰らせるの。最初に彼と映画館に行ったときは彼のバンドメンバー全員で行った。そのあとはふたりで行ったときもあった。『Lucy』っていう映画を見たわ。あと『Ride Along 2』も見た。
あとは一緒にサイクリングをしに行ったわ。彼は自転車に乗るのが好きなの。30周年イベントのときも、「自転車で一緒に帰ろう」って言われて、イベントが終わったあと皆が駐車場に向かって歩いてる横を、私達は自転車で横切って公園まで行ってサイクリングしたわ。あと、彼がキャデラックで迎えに来てくれて、ドライブに行ったときもあった。彼はすごく格好良いツードアのオープンカーに乗ってたの。昔住んでた地域に行って、彼の古い家を見たり、車で入れる公園を通ったりした。犬を散歩してる人の横をわざと窓を下げて通ったりなんかして、通行人を驚かせるの。「え、あれプリンス?」とか驚いていたわね!(笑)すんごく楽しかった。
―― 彼とレコーディングする機会はありましたか?
そうなの!今年の1月にようやくスタジオに入れたわ。実はね、そのとき録った音源が今スマホにあるんだけど、探していい?彼は「これを仕上げて送ってあげるよ」って言ってたんだけど、未完成のままで。まだ歌詞とか作ってなくて、ただトラックを作っただけだった。彼はオールドスクールだから、アナログテープレコーダーとかを使ってて、その使い方を教えてくれていたの。あと彼のワウペダルを使わせてもらって、Rhodesをそのペダルに通して音を試させてもらったり。どこだろう…。あった、これこれ [スマホで音源を再生する]。 ドラムとか全部プリンスが弾いているのよ。「君これ使う予定ないなら、俺がもらうよ」って言われたわ。(笑)
―― とてもファンキーですね!この音源は日の目を見ることはあるのでしょうか?
さぁね。彼が亡くなってしまったし、音源がどこにあるのかわからないし。どうなるかわからないわね。本当、どうにかしたいけど。

―― キャンディスさんは大のFender Rhodes好きですよね。今回のアルバムでは何曲でRhodesを弾いているんですか?
Rhodesを弾いたのは「Thought It Would Be Easier」と「The World Is A Ghetto」の2曲で、あとはピアノだったわ。
―― この楽器は今でもファンが多く、僕も大好きな楽器です。キャンディスさんはどういうところに惹かれますか?
あ、Rhodes好きなんだ!イェーイ [ハイタッチをする]。うん、Rhodesは最もソウルフルな楽器だと思う。人間の声みたいな肉感があるのよね。ビブラートをいじることができるし。トーンが最高。タイムレスな楽器よ。大きくてかさばるし、扱うのが大変な楽器だから、一時期はどんどん捨てられていたらしいけど、今では信じられないくらい高額で取引されてるのよね。数年前にようやく自分用を購入できたわ。ネット上で中古を販売してる人を見つけて、ジープで取りに行って、持って帰って直した。今でもバリバリ使ってるわ。79年製のMark 1よ。
―― そういえば先ほども言っていましたが、車オタクなんですよね?何台所有しているのですか?
そうなのよ(笑)。メインは3台なんだけど、常に4、5台はローテーションでキープしてるわ。しばらく運転したら売ったりして。父の影響なの。3歳くらいのときに父にミニカーを買ってもらって、母にバービー人形をもらった。バービー人形にはヒゲとか落書きをして、すぐに飽きたけど、ミニカーは今でも大事にとってあるわ。とにかく車が好きなの。いじるのも楽しいし、エンジン音にしびれるし。持ってるのは1953年式のシボレー・ベルエアーのハードトップ・クーペ。あとコルベットのオープンカー。時速100キロまで4秒弱くらいのなかなか速いヤツ。あとは巨大なモンスター・ジープ。だからクラシック・カー、スポーツ・カー、そして4WDを1台ずつって感じね。音楽をやってないときの私はたいてい、タイヤが泥まみれになるまで運転してるか、自宅で車をいじってるかのどちらかよ。
―― ドライブ中に歌のアイディアが思い浮かんだりします?
浮かぶわね。というか、癒やしなのよ。一種のセラピー。ドライブしているときは本当に心が落ち着いて、私も普通の人間なんだ、ってホッとする(笑)。
Photos by Mathieu Bitton
RELEASE INFORMATION
Kandace Springs
『Soul Eyes』

- 価格 (税込):¥2,484
- レーベル:Blue Note
- 発売元:ユニバーサル・ミュージック合同会社 [web]
- 発売日:7月1日
トラックリスト
- 1. トーク・トゥ・ミー
- 2. ソウル・アイズ feat.テレンス・ブランチャード
- 3. プレイス・トゥ・ハイド
- 4. ソート・イット・ウッド・ビー・イージアー
- 5. ノヴォケイン・ハート
- 6. ニーザー・オールド・ノア・ヤング
- 7. トゥー・グッド・トゥ・ラスト feat.テレンス・ブランチャード
- 8. フォール・ガイ
- 9. 世界はゲットーだ!
- 10. リーヴィン
- 11. レイン・フォーリング
- 12. 風のささやき <日本盤ボーナス・トラック>
- 13. トゥー・グッド・トゥ・ラスト feat.テレンス・ブランチャード (社長 from SOIL&“PIMP”SESSIONS Remix) <日本盤ボーナス・トラック>
- 14. ステイ・ウィズ・ミー~そばにいてほしい <日本盤ボーナス・トラック>