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多数の才能の共鳴と高度な技能から成るケンドリック・ラマーのアルバム、『To Pimp a Butterfly』
白い無地のシャツにジーンズという出で立ちのケンドリック・ラマーが、高校の騒がしい廊下を歩いている。彼を導くのは、あごひげを生やし、ピンク色の縞模様のネクタイをして、茶色い中折れ帽をかぶった背の高い男性。生徒たちは騒然としているが、みんな慌ててロッカーの扉を閉め、ケンドリックの後を追う。
パブリック・エネミーのチャックD以来となる、現行シーンで最も政治的なラッパー、ケンドリック・ラマーが、ある月曜日の午後にニュージャージーの高校を訪れたのだ。生徒たちの前でパフォーマンスをして、目を輝かせる若者たちを奮い立たせた。「どんな賞を獲得するよりも嬉しいね」と、彼は生徒たちに向かって言った。
これは、National Public Radio(NPR)による短編映像『Kendrick Lamar Visits Mr. Mooney’s Class』に登場するワンシーンだ。NPRは非営利の公共メディア・グループで、1971年から公的資金で運営されている。ラジオ番組やオリジナル映像コンテンツを制作しており、アートや音楽を取り上げた数々の番組が保管されるアーカイヴには、貴重な歴史がたくさん詰まっている。ところが、NPRでラッパーがこれほどポジティヴな形で特集されることはあまりない。ケンドリック・ラマーは一般的なラッパー像を超越しているのだ。
彼はメインストリームの最前線で活躍するほどのセールスを記録し、スタジアムを満員にし、テイラー・スウィフトのようなポップ・スターとコラボしてきた。ドレイクや、エミネムといったラップ界の大スターと同じ土俵にいるにも関わらず、彼の最新作『To Pimp a Butterfly』は多数のミュージシャンを起用しながら、様々な視点から、憤慨を込めて、社会政治的な主張をした、高尚な芸術作品と呼べるアルバムだった。
先ほどの素晴らしいNPRの動画では、英語の教師ブライアン・ムーニー(茶色い帽子の男性)が、“ヒップホップ文学”という授業をやっていることを紹介している。このクラスでは、生徒たちが自由にアルバム・ジャケット、歴史、リリック、音楽、アートなどを分析することができ、ヨーロッパ文学を中心とした従来の教科内容よりも生徒たちが熱心になれるカリキュラムになっている。ムーニー氏はこう語る。「国全体、そして学校の生徒が昔以上に多様になっている今、教科として教えるべきことは何か、今一度考えるべきだと思う。学校で生徒が教わるのはたいてい規定に沿った古い文学作品で、それはたいていヨーロッパの著者によるもの。言い換えれば、白人の、年寄りの、男たちが書いたものだ(笑)」。
ムーニー氏は真剣な面持ちになってこう続ける。「だから、ケンドリックがこの場に、ラッパーとしてではなく作家として、文学を作る著者として来ること、それは文芸を志す生徒たちにとってとても感動的なことなんだ」。
この短編映像では、クラスルームで行われたサイファーでケンドリックがフリースタイルをするシーンや、その後に体育館で行われたスペシャルなライブの模様を捉えている。生徒のひとりに、ケンドリックはこう話す。
「アーティストに限らず、誰であっても、鏡のなかの自分を見つめて、自分の欠点や短所、自分が抱いている恐怖を受け止めるのは難しい。でもアーティストはそれを表現して世に出して、人々は共感する。俺だって君に共感することができる。わかるかい?」。
ケンドリック・ラマーの『To Pimp a Butterfly』は、主義主張が詰まった作品であるだけでなく、音楽的にさらなる高みに到達したことを示している。様々な声色を駆使し、機敏に動く舌を活用し、計算され尽くしたリズム感で繰り広げるケンドリックのラップそのものが、楽器として機能しているのだ。本作を、音楽的に最も優れたヒップホップ・アルバムだと断定する声もあがっているが、それを否定するのは難しい。

多彩な声色を用いてラップするケンドリック・ラマーの音楽性
『To Pimp a Butterfly』のクレジットを見ていると、まるでスティーヴィー・ワンダーかマイルス・デイヴィスのアルバムを手に取っているかのようだ。才能溢れるスタジオ・ミュージシャンたちが多数起用され、それぞれが自分の役割をベストな形で果たしている。サンダーキャット、ジョージ・クリントン、フライング・ロータス、ロバート・グラスパー、ファレル・ウィリアムスといった名前がズラリと並ぶ。さらにビラル、アンナ・ワイズ(ソニームーン)、SZAらがサビやインタールードでハーモニーを加え、ケンドリックのヴィジョンを支えている。
Okayplayerのインタビューで、ビラルはケンドリックとの制作についてこう語っている。「彼から“こういうキャラを演じて歌ってくれないか?”とか言われたよ。俺が色々な声色で歌うことができることを彼は知っていたから、このプロジェクトに誘ってくれたんだ。彼も、色々な人物を演じるかのように、色々な声を使ってラップしていたね」。
典型的なヒップホップ・アルバムとは異なり、インタールードもあれば、エフェクトが多用された音色やヴォーカルもあり、ドラマー、キーボーディスト、ベーシスト、ギタリストによる生演奏も豊富だ。それらの要素が全て揃った曲もある。アルバムを再生してまず聴こえてくるのはヴァイナルのノイズ。サンプリングでできているトラックもあるものの、サンプリングも変調され、展開され、ケンドリックや他の楽器を邪魔することなく、綺麗に共存するようにアレンジされている。最初から最後まで通して聴ける一貫性があるが、エグゼクティヴ・プロデューサー、アンソニー“トップ・ドッグ”ティフィスと、ドクター・ドレーの監修のもと、アメリカ各地のスタジオでレコーディングされた点も興味深い。

「俺のサウンドはギャングスタ・ラップだけじゃなくて、昔の音楽に影響されている部分が大きいんだ。例えばアイズレー・ブラザーズとか、特にプリンス。リリックや、スタイル、勢いといったものを、プリンスを参考にして磨きあげてきたんだ」 ーケンドリック・ラマー
作品の高い音楽性にはドレーの手腕が関わっていることも間違いないだろうが、このアルバムの芯にあるのはケンドリックの才能だ。ケンドリックはラップを素早く、あるいはもたつかせてフロウさせたり、声を変えて別人格を演じたり、リズムを曲中でガラリと変えるなど、様々なテクニックを直感的に導入している。80分以上に及ぶ本作のなかで、ケンドリックは操縦席に座り、リスナーをあちこちへと連れて行く。テンポ感を変えて感情に訴えかける作法は、マイルス・デイヴィスがトランペットで、あるいはビギーことノトーリアスBIGがラップで行っていたのと同じだ。また、スライ・ストーンやパーラメント・ファンカデリックの影響が窺える音楽的要素も見受けられる。
さらに彼はヴォーカル・スタッカートや、言葉遊び、スポークン・ワードまでも取り入れており、抜け目なく細部まで作り込まれている。例えばボム・スクワッドなどのプロダクションは、ラップをするために制作された音のコラージュのようなトラックだったが、『To Pimp a Butterfly』は、バックトラックとヴォーカルがより親密な形で一体となっているのが特徴的だ。
ケンドリックは生演奏の多いプロダクションのなかで、空間を大事にしながら言葉を置いて行く。それはビギーにも言えることであり、両者ともに、音の隙間を効果的に使い感情を表現することや、わざと拍に先立つように早くラップをし、強調することを得意とする。収録曲の「I」では、ケンドリックは高速でリズミカルに高音でラップし、サビにはまた違うトーンを持ってくる。「King Kunta」では、アグレッシヴかつスムーズで直線的なフロウを見せる。「Wesley’s Theory」では、今時のラッパー風の脱力したラップを皮肉った、活力のないフロウ・パターンを見せつける。Mass Appealとのインタビューで自身のラップ・スタイルについて訊かれた際、ケンドリックはこう答えていた。
「俺のサウンドはギャングスタ・ラップだけじゃなくて、昔の音楽に影響されている部分が大きいんだ。例えばアイズレー・ブラザーズとか、特にプリンス。親父がプリンスをよく家のなかでかけていた。プリンスは、自分の声を楽器として扱うことに長けているし、ファルセットでもバリトンでも、彼にはしっかりとしたグルーヴ感があった。俺もリリックや、スタイル、勢いといったものを、プリンスを参考にして磨きあげてきたんだ」。
ケンドリック・ラマー、憧れの先輩ラッパーと時空を超えた対話
それがスタジオ・テクノロジーによるトリックであるときも、音楽性であるときもあるが、ケンドリックはまるでリスナーに耳を疑わせようとするかのように、予想を裏切るしかけを随所に用意している。「Mortal Man」の最後には、2パックの古いインタビュー音源を使って、ケンドリックの質問に答えているかのように編集された疑似会話が登場する。アルバムを締めくくるこの架空のインタビューは、まるで天から見守る2パックが、後輩のケンドリックにアドバイスをし、次世代のリーダーとしてたいまつを受け渡していることを象徴するかのようだ。背景では、会話を邪魔することなく控えめにフリー・ジャズが鳴る。この対話でアルバム全体に見え隠れしていた主題の全貌が明らかになり、リスナーの心に突き刺さる。
ケンドリックはこう問いかける。「あなたは自分のことを“目の前にあったチャンスを掴んで成功を手にした人”という風に見ていますか?」。
2パックはこう答える。「俺は自分のことを生まれながらのハスラーだと思っている。生粋のハスラーだ。人のものを横取りすることなく、チャンスを掴み、屈辱的な仕事も真面目にこなしながら、最終的には自分のビジネスを持つことができるレベルまでのし上がった。誰かに管理される立場から、誰かを雇って俺のマネージメント会社で管理をさせる立場になった。全てを変えたんだ。5年ぐらいで俺は運命を実現させた。わかるか? 自分で自分を億万長者にしたんだ。これまで多くの人のためにカネを稼いで来たが、今度は自分のために稼ぐときだ。レコード会社も、映画会社も俺のおかげで儲かったけど、今は俺たちのために稼いでいる」。
ケンドリックはさらに、まるで半ば自分に問いかけるかのように、こういったことを訊く。「そういった様々な形で成功を手にしたあなたは、どうやって自分らしさを失わず、正気を保ってきましたか?」
2パックはこう返答する。「神を信じる。ヒップホップ・ゲームを信じる。そして、素直に生きる人々には必ずいいことが待っていると信じている」。
インタビューはあまりにも生々しく、あまりにも自然であり、今聴いているのは本当の会話だと錯覚してしまうほどである。この会話で、何世代にも渡って行われている組織的な人種差別や、社会の権力構造に対して抱く、ケンドリックと2パック両者に共通する気持ちが露わになる。疑似的であるとはいえ、ケンドリックの心のなかで行われている対話を聴いているかのようだ。多数の人格に瞬時に切り替わることができるケンドリックが、一番本心を曝け出しているのが、このインタビューなのかもしれない。
NME誌のインタビューで、ケンドリックはこう説明している。「ゲットー出身のヤツがレコード会社と契約して、制作費として前払い金をもらうとする。それを何に使うと思う? 銃やドラッグを買ってゲットーに持ち帰るかもしれない。50セントは最初に前払い金をもらったとき、それでドラッグを買ったと言っていた。そういうもんなんだ。俺は契約した後も、しばらく実家に住んでいてソファの上で寝ていた。そういうゲットーの精神状態に捕われていると、名声を手にしたとき、それにともなう責任を理解できなかったりするんだ。俺は早い段階からそのことに気づいていた」。

黒人音楽の新境地 『To Pimp a Butterfly』
The Guardian紙のインタビューで、ケンドリックは『To Pimp a Butterfly』をどうリスナーに受け止めてもらいたいかについて語っていた。「俺の音楽をよく知らない人にとっては、とっつきにくいアルバムになるかもしれないことはわかっていた。このアルバムの制作は、流れに身を任せる感覚で行っていたから、リスナーにも同じく流れに身を任せてもらうしかない。2年間、流れに身を任せていたけど、楽しい経験だったよ。その経験を今度はリスナーにしてもらいたいんだ」。
この豊潤なサウンドを実現させたのは、ケンドリックのリリックでありフロウであり、そしてメッセージ性を包み込むように音を奏でた才能豊かなミュージシャンたちだ。現在、多大に注目を集めているピアニスト、ロバート・グラスパーは、自身のシグニチャーであるピアノ・プレイやニュアンスのあるアレンジメントで数曲を彩った。グラスパーはOkayplayerのインタビューで、「These Walls」の制作の裏話をこう語っている。「“These Walls”はテラス(・マーティン)の家でやったレコーディング・セッションから生まれた曲だ。彼がそのとき制作していたトラックがあって“これに演奏してくれないか? ケンドリックが使うかもしれないんだ”と言われたんだ。だから、彼の家でRhodesを遊び半分に演奏してみた。その遊び半分だった演奏が実際に部分的に使われた」。
ロバート・グラスパーは「For Free?」の制作についても明かしている。「この曲をやったとき、まだウォーミングアップの演奏をしている段階で、ケンドリックは“ヤバイな!”ってなっていた。それから“なあ、このトラックにも何かやってみてよ。次はこのトラックを”という感じで次々にリクエストしてきたんだ。“好きに演奏してみてくれ”と言われたから、トラックをまず聴いて“よし、録音してくれ”と言って、思うままに演奏してみた。そうやって、結局一度のセッションでトータル9曲のトラックで演奏したんだ」。
フライング・ロータスはアルバム冒頭の「Wesley’s Theory」をプロデュースしており、彼らしいグリッチ的でエレクトロニックなサウンドスケープ、オフビートなアレンジメントがアルバムに独特の彩りを加えている。フライング・ロータスはアルバムの発売時期、ツイッターでこう語っていた、「彼(ケンドリック)はプロデューサーとしての腕前をあまり評価されていないけど、彼はアルバム作りの明確なヴィジョンを持っていた。アルバムの制作にすごく積極的に関わっていたんだ」。さらにこう付け加えている。「もうみんな気づいていると思うけど、ジョージ・クリントンとサンダーキャットが参加した“Wesley’s Theory”をプロデュースしたのは俺だ。『To Pimp a Butterfly』は名盤だね」。
サンダーキャットは、ソロ・アーティストとしても評価が高いベーシスト/プロデューサーであり、アルバムの多数の楽曲でベースなどを弾き、音楽性にさらなる深みを与えた。作品に参加したミュージシャンは、ファンク、ジャズ、ゴスペルの偉大なミュージシャンの血を引く者も多く、彼らの音楽バックグラウンドにあるブルース、ソウル、ファンクが本作の土台になっている。
ケンドリック・ラマーの名作を支えたメンバー
このアルバムを制作したミュージシャン集団は、レッキング・クルーを彷彿させる。レッキング・クルーとは、60年代に西海岸からリリースされたヒット・レコードの大半で演奏をした、メンバーが固定されていないスタジオ・ミュージシャンの集合体のことだ。しかし大きく違う点は、『To Pimp a Butterfly』の制作陣はしっかりとクレジットされ称讃を集めているが、レッキング・クルーはその貢献をしっかり認識されてこなかったことだ。レッキング・クルーはチャートインするようなヒット曲をレコーディング時に演奏しただけでなく、実際に曲作りにも関わっていたものの、クレジットされることはなく、富も名声も手に入れることはなかった。
レッキング・クルーと似ているのが、デトロイトのセッション・ミュージシャン集団、ファンク・ブラザーズだ。ファンク・ブラザーズは、ダイアナ・ロス、テンプテーションズ、スティーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイのバックを務めたドラマー、ギタリスト、ベーシストやホーン隊の総称であり、彼らのサウンドの影響は『To Pimp a Butterfly』にも見受けられる。
ファンク・ブラザーズは主にベリー・ゴーディー率いるMotownの作品で演奏し、1971年のマーヴィン・ゲイの作品でようやくクレジットされるようになったが、1972年には静かに解散していた。鋭敏な才能や卓越した技術という面で、ケンドリックのバック・メンバーを他のバンドと比較するとしたら、レッキング・クルーとファンク・ブラザーズの中間だと言えるかもしれない。ファンク・ブラザーズは2007年に、グラミーのレジェンド・アワードを受賞した。
根幹にあるのはジャズの自由
アルバム全体にファンクが感じられるが、転調や展開の仕方など、『To Pimp a Butterfly』の音楽性におけるジャズの影響も忘れてはならない。たいていのポップ・ソングは“ヴァース/サビ/ヴァース”という構成でできており、ラップにおいては3:16の方式(16小節のヴァースが3つと、間にサビ)が一般的であり、たいていのラップ曲はキーが変動することはない。多くのヒップホップ・プロダクションはサンプリングに頼っており、様々なサンプル・ソースから全く同じキーや拍子のネタを見つけて寄せ集めることが難しく、ひとつのネタをループすることが基本になっているためだ。
この方式に沿って制作することに何も問題はなく、ピート・ロック&CLスムースやギャング・スターといったアーティストがこの美学を過去にマスターしているが、ひとつ、このフォーマットに難点があるとしたら、それは音楽的に限界があるということだろう。それが必ずしも欠点というわけではなく、『To Pimp a Butterfly』の自由度の高い音楽性が本質的に優れているというわけでもない。しかし、腕の立つミュージシャンがスタジオに集まり、リアルタイムで調整しながら楽曲を作り上げるというプロセスは、創作の枷を取り払い、音楽の可能性を拡大させることは事実だ。
『To Pimp a Butterfly』がジャズの自由さを体現している大きな理由のひとつは、前述のサンダーキャットだ。サンダーキャットを特集したRolling Stone誌の記事で、彼と長年ともに活動をしてきたサックス奏者カマシ・ワシントン(彼も『To Pimp a Butterfly』に参加している)は、こう言っている。
「彼(サンダーキャット)に未完成の曲を聴かせてもらうとする。いまいちピンとこないでいると、彼がメロディーを足し始めて、いつの間にか素晴らしい曲になっているんだ。例えば、ある画家がキャンバスにわけのわからないものを描いているが、その画家がちょこっと筆で色を足した瞬間、素晴らしい絵が完成していて“君は最初からこうなることがわかっていたのか?”と言ってしまうような、そんな感じだ。彼の頭のなかでは、他の人が聴こえないものが鳴っているんだ」。
同記事のなかで、サンダーキャット自身はこのように語っている。「儲かったり儲からなかったりだね。でも最終的にキャリアを振り返って“自分は地球にいる間に最大限のことをしただろうか?”という自問に答えないといけない。俺はただ自分に素直に活動して、あらゆるもの、あらゆる事象に神を見出していくつもりだ」。
もうひとり、このアルバムの根底にあるジャズを支えているのが、サックス奏者/プロデューサーのテラス・マーティンだ。ケンドリック・ラマーとは以前からよく制作をしている仲であり、『To Pimp a Butterfly』では「The Blacker the Berry」、「King Kunta」、「These Walls」といった楽曲のプロデュース/演奏を行っている。2011年より(リミックス・アルバムなどを含め)5枚のアルバムを出している彼は、これまでにスヌープ・ドッグ、バスタ・ライムス、スティーヴィー・ワンダーといったアーティストを幅広く手がけているが、ソウルやファンクを融合させたジャズが彼のメイン・サウンドのようだ。
『To Pimp a Butterfly』に貢献した制作陣について、テラス・マーティンはComplex誌のインタビューでこう言っている。「彼らはとても音楽的に優れたサポート・メンバーで、全員が人間関係、人生、政治、ソウルというものの意味をしっかり理解している。アルバムに参加したメンバーはみんな、現代のアメリカで黒人として生きるのがどういうことなのかわかっていた。作品を作る上で、参加する人が、黒人として生きるのがどういうことなのか理解していることが大切だったんだ」。
「過酷な現実から抜け出して、何かポジティヴなことをするのは、さなぎから蝶へと進化することなんだ。殻を破って、なにか美しいものに羽化して、舞い上がる。みんな、それを目指している」 ーケンドリック・ラマー
『Good Kid, M.A.A.D City』で描かれたケンドリックのライフストーリー
こういった様々な才能や伝統が融合され、アフリカン・ミュージックやファンクのリズム、ラテンのポリリズムなど、多様なリズムが展開されているこの作品には、ケンドリックの音楽的ルーツが多様な形で見事に提示されている。それらのサウンドはエレクトロニックに色づけされ、全体的にモダンな質感になっている。このアルバムには過去の音楽の美が多角的に埋め込まれていることは間違いないが、決して懐古主義的とは言えない。むしろ、過去と現在、多文化的ポリリズムとインタールードを見事に組み合わせてみせたこのアルバムは、近年の音楽史でも随一のサウンドとアレンジメントの結晶である“モダン・クラシック”だと言え、それが全く支離滅裂に聴こえない形でまとまっている点も敬服に値する。
ジャケットのアートワークを見れば、このアルバムに収められている憤慨、政治観、主張、攻撃性、無骨な正直さといったものが感じ取れるだろう。Mass Appealのインタビューで、ケンドリックは『To Pimp a Butterfly』のことを“アメリカン・ドリーム”であると言っていた。
「みんな誰だって自分の成功を自分でコントロールしたいと思っている。でも俺たちはみんな、色々な意味で操り人形なんだ。だからネガティヴな状態からポジティヴな状態へと自分を美化(pimp out)することは、みんなが目指していることだ。誰だって自分のストーリーを持っている。俺の個人的なストーリーは『Good Kid, M.A.A.D City』で描いた。過酷な現実から抜け出して、何かポジティヴなことをするのは、さなぎから蝶へと進化することなんだ。殻を破って、なにか美しいものに羽化して、舞い上がる。みんな、それを目指している」。
『To Pimp a Butterfly』の音楽の濃密さは、本稿で名前を挙げていないミュージシャンも含め、多数の才能が共鳴し合ってこそ生まれたものだが、その根幹にあるのはケンドリックの的確な指揮と、忍耐強さ、そして高度な技能だ。
「このアルバムは、ボブ・ディランとか、ビートルズ、ジミ・ヘンドリックスのアルバムと同じように語られたいと思って作ったんだ」と、ケンドリック・ラマーはNME誌のインタビューで話した。
「俺が死んだ後もずっと聴かれ続けて、俺の孫たちも、その孫たちも楽しめるものであってほしい」
Words by David Ma / Photos by Dove Shore and Scott Council