フジロック出演のため来日したビンテージ・ソウルの新たな伝道師、リオン・ブリッジズ。サザン・ソウル、ゴスペル、ブルースは永遠であることを全身で伝える新鋭シンガー・ソングライターに迫る。
“黒人がソウルを聴かなくなっているんだ”
アメリカでは“ミレニアル”と呼ばれる世代に属し、日本では平成生まれに当たる1989年誕生のリオン・ブリッジズ。 iPodがアメリカで普及した2000年代半ばごろにはまだ中学生であったことを考えると、レコードやカセットはもちろんだが、CDでさえそれほど思い入れがない世代だろう。そんなリオン・ブリッジズが2015年にリリースしたデビュー作『Coming Home』は、彼が実家の地下室で発見した、祖父母の青春時代を彩った懐かしのLPであってもおかしくないほど、古き良き時代の空気感を現代に蘇らせた内容であった。
サム・クック、オーティス・レディングといった往年のソウル・アーティストと比較されるリオン・ブリッジズは、50年代から60年代のレトロなR&Bを細部まで徹底して再現している。レコーディングはアナログ機材で行い、服装は50年以上前の紳士服を好んで着用し、ステージでの立ち振る舞いはテレビが白黒だった時代のパフォーマーのそれである。
アトランタで生まれ、テキサス州フォートワースで育ったリオン・ブリッジズは、幼少期からソウルやゴスペル、ロックやカントリーが聴こえてくる環境にいたが、子供の頃からそういった音楽に興味があったわけではなかった。厳格な母親に世俗の音楽を禁止されていたため、リオン少年は隠れてヒップホップやR&Bを聴いて育った。特に彼の心を熱くしたのは、ジニュワインやアッシャーなど90年代のR&Bであった。
10歳のころからヒップホップ・ダンスに熱を上げ、大学でもダンスを専攻したリオンだが、在学中にソングライティングに興味を持つ。ギターを練習し、曲を自作するようになった彼は、そのうちiPodからヒップホップ・ビートを流し、ギターを弾きながら歌うというスタイルで、カフェなどでライブをするようになった。当時は別名義で活動し、作風はネオソウルなどの影響を受けたフォーキーなR&Bであったと彼は語っている。
とあるとき、友人に「サム・クックに影響を受けたのか?」と聞かれたリオン・ブリッジズは、違うと答えるが、それをきっかけに古いソウルをしっかりと聴くようになり、音楽性が次第にそちらに傾倒していく。もともと抱いていたビンテージ服への憧れとも合致し、新世代レトロ・ソウルの伝道者、リオン・ブリッジズというアーティスト像が出来上がったのだ。
2014年に転機が訪れた。テキサスで活動するホワイト・デニムというクラシック・ロック・バンドのギタリスト、オースティン・ジェンキンスとドラマーのジョシュ・ブロックがリオンに興味を持ち、一緒にデモを録音する話を持ちかけた。ふたりはアナログ機材を揃えたスタジオを立ち上げたばかりであり、丁度アーティストのプロデュースをしたいと思っていたのだ。オースティンとジョシュ、そして地元のミュージシャンの力を借りて、リオン・ブリッジズは数曲デモを録音した。そのうちの2曲、「Coming Home」と「Better Man」をSoundCloudにアップしたところ、瞬く間にネットで火がつき、各メディアも飛びつき大いに話題に。レコード会社40社の争奪戦が繰り広げられた末、彼はColumbiaと契約し、2015年にデビュー・アルバム『Coming Home』でメジャー・デビューを果たした(日本盤が2016年1月20日にSony Music Japanよりリリースされた)。
YouTubeに上げた動画がたまたま当たってブレイクするも、1曲だけヒットを残して消えていくアーティストも珍しくない昨今だが、リオン・ブリッジズは紛れも無く本物の大型新人だと言えるだろう。AppleのCMに楽曲が起用され、ウィル・スミス主演映画『Concussion(原題)』に曲を提供し、2016年のグラミー賞『最優秀R&Bアルバム』部門にノミネートされ、ホワイトハウスで行われたレイ・チャールズのトリビュート・イベントではオバマ大統領の目前で「Lonely Avenue」を歌いあげるなど、もてはやされ方が尋常じゃない。それは、リオンが現在のアメリカの音楽シーンが必要としていた逸材であることの証明だと言えるだろう。
先日のフジロックでのライブを終えたリオン・ブリッジズと話をすることができた。
―― 去年輝かしいデビューを飾りましたが、今年に入ってもグラミー賞ノミネートやオバマ大統領の前でライブなど、話題に尽きませんね。ここ最近で一番興奮したことは何でしたか?
うーん、色んなことがありすぎてひとつに絞るのは難しいけど、やっぱりホワイトハウスで歌わせてもらったことだね。とても光栄だったよ。
―― レイ・チャールズには影響を受けましたか?
かかっているのを聴いたら「レイ・チャールズだ!」ってなったけど、昔からよく聴いていたわけではないんだ。レイ・チャールズに限らず、最近まで昔のアーティストをじっくり聴きこんでいなかったんだ。なんとなく知っているという状態だったのが本音なんだ。だから自分の曲を書くときも、「このアーティストみたいな曲を作ろう」って思ってやるわけじゃなくて、60年代のクラシックR&Bってどんな音楽だろう?って自分でイメージして作ってるんだ。でもそうすることでフレッシュになると思う。
―― クラシック・ソウルに傾倒するようになったとき、そういった古い音楽はフレッシュに感じたのですか?
ああ。でも面白いことに、ソウルはもともと自分の中にあったと思うんだ。僕の「Lisa Sawyer」という曲は、まだこういう音楽を意図的にやろうと決意する前に書いた曲だった。そんなにソウル・ミュージックに詳しいわけではないけどね。レイ・チャールズがリリースした曲全てを知ってるような、物知りな人ほど知識はないんだ。
―― レトロな音楽をやる以前から、あなたはビンテージ・ファッションを好んで着用していたそうですね。若い男性があまり着ない服を進んで着るようになったのはどういった理由があったのですか?
こういう服のシンプルさに惹かれるんだ。昔のジャズ・ミュージシャンの格好を見てみると、凄くシンプルなんだ。余分な飾りは少なくて、ボタンダウンのシャツにスラックスっていうスタイルが多い。髪型もキマってる。それだけ。それが格好良いんだ。日本でも少し上の年代の男性の服装を見ていると同じことを思うね。襟付きのシャツをクリーンに着こなしてる。そういうファッションが好きなんだ。
具体的に言うと、40年代後半のワークウェアや、40年代から50年代のスーツが好きだ。60年代のスーツは最近興味なくなってきた。最近の服と全然違うところが好きだね。パリでもどこでも、知らない人に話しかけられるとたいてい服の話題なんだ。人とは違う格好だから目立つ。どこに行っても会話のネタになるから、それが楽しいね。

―― 地元では行きつけの古着屋があるんですか?
ああ。ダラスにあるDolly Pythonというお店がお勧めだよ。あそこに行くとたいてい何でも揃う。でも最近はカリフォルニアのジョン・ルナというビンテージ服のコレクターから全部買っているんだ。明日東京の洋服店を見てみるつもりだ。
―― あなたがソウル・ミュージックを意識するようになったきっかけが、友人にサム・クックに影響を受けているか聞かれたことだったというエピソードは面白いですね。
ああ。結果、サム・クックは僕にとってソウル・ミュージックの入り口になったんだ。ソウルを知らなくても、サム・クックは皆知ってる。僕もなんとなくは知ってたけど、彼の音楽をしっかりと聴くようになって、特に彼のゴスペル時代の作品に魅了されたよ。そしてジョニー・テイラー、ボビー・ウーマックといったアーティストを知って、アーサー・アレキサンダーやジェシー・ベルヴィンなんかも聴いていった。
―― お気に入りのソウル・アーティストはボビー・ウーマックであると以前インタビューで答えてますね。
そうなんだ。彼の声が大好きだ。とても生々しくて、ダイレクトに伝わってくる。サム・クックはポップの世界に行ったとき、ちょっとクリーンになりすぎたと思うんだ。たくさんのヒット曲を遺したけど、個人的には、彼の曲全部が名曲だとは思わない。もちろん史上最高のシンガーのひとりだと思うけど、ポップ時代の曲よりはゴスペル時代のほうが好きだ。ボビーはシンガーとしてもソングライターとしても素晴らしいと思う。ヴァレンティノズ名義の曲も好きだし。彼の作品群はどの時代も最高だと思う。
―― オースティン・ジェンキンスと最初にデモを録音したとき、ヒット作が生まれるような予感はありましたか?
誰も全く予測してなかったよ。「レトロな音楽をやってヒットさせるんだ!」って野望を持って始めたのだと思われることが多いんだけど、全くそんなことなかったんだ。全てが自然な形で発展した。そのときあった数曲のオリジナルをしっかりと録音して形にして、地元の皆に聴いてもらいたいっていう気持ちしかなかった。参加してもらったのは皆フォートワースで活動しているミュージシャンばかりだ。ギャラは払えないのに、そんなこと気にせず無償でやってくれた。そういった皆の協力のおかげでアルバムが完成したんだ。手にフォートワースのタトゥーも入れてるんだよ [少し照れくさそうに手のタトゥーを見せる]。
―― 格好良いですね!フォートワースという街は日本人にあまり馴染みがないです。どういった音楽シーンがあるのですか?
フォートワースのシーンは小さいよ。他の街ほど多種多様とは言えない。僕が最初にライブ活動を始めたとき、シンガー・ソングライターでR&Bをやっているひとってほぼいなかったんだ。ダラスでは、エリカ・バドゥがかなり大きな存在だから、彼女に影響されたネオソウル系のことをやっている人は結構いるんだ。フォートワースではロック、カントリー系のミュージシャンが多いね。
―― これほど短期間で大ブレイクしたことで、最も嬉しかったこと、そして大変だったことは?
嬉しいのは、僕個人だけじゃなくて、バンドのみんなにとっても物凄く良いチャンスになっていることかな。僕のライブ・ツアーの仕事で食っていけるようになったから、彼らはもう普通の仕事に戻る必要がなくなった。そして一緒に世界を廻ることができている。あと僕は母親の借金を完済することができたのが嬉しかった。
大変だったことは、短期間でたくさんのことを学ばないといけなかったことだね。「色々と上手く行ってていいね」とかよく言われるけど、そんな単純なことではないんだ。もちろん最高にありがたいことだけど、急成長せざるを得ない状況だった。僕の初期のライブを見れば手探りだったことがわかると思う。初期のインタビューでは、なぜ僕がこういう音楽をやり始めたのか聞かれても、どう説明していいかわからなかった。オープン・マイクで50人の前で細々とやってた人が、いつのまにか全米で放送される超人気テレビ番組でライブをやってるんだ。その変化に順応するのが大変だった。まだ日々勉強中だよ。
―― これまでに学んだことで、一番大事だと思う教訓はありますか?
常に学ぶ姿勢が大切っていうことかな。スマホをいじってる時間があったらギターの練習をしたり、本を読んだほうが自分のためになる。そういったことに気づくことができたんだ。

―― 昨今、過去の音楽性や作法を現代に蘇らせたような曲がヒットする例も増えているような気がします。一種のリバイバルが起きていると感じますか?
感じるね。もちろん、現在の最新技術や手法を駆使した音楽の制作や録音が主流であることは変わらないし、それは悪いことだと思わない。でもいつの時代になっても魅力が色褪せない音楽ってあると思うし、そういう伝統を受け継ぐ人は必要だと思う。
―― そういった古き良き時代の音楽に若者が入り込むきっかけに、自分の音楽がなってほしいと思いますか?
それは別に当初の目的ではなかったけれど、そうなってくれたら嬉しいね。別に、僕は拳をあげて「若者よ、これを聴け」って言うつもりはないけれど(笑)。でも悲しくなるときはあるんだ。時代が進めば進むほど、マーヴィン・ゲイが誰だかわからない若者がどんどん増えていく。黒人の若者でさえね。黒人がソウルを聴かなくなっているんだ。黒人が僕のライブにくると、観客の大半が白人だっていうことに驚く。50年代、60年代には黒人は皆こういう音楽を聴いていた。しかしヒップホップが広まって時代は変わった今、多くの黒人がもうこういう音楽を聴かなくなった。ブルースのライブを今やったら、観客の大半が白人なのが当たり前なんだ。
―― その流れを変えることができるアーティストのひとりに、あなたならなれるのではないでしょうか?
ああ、そのつもりだ。でもそれはとても大変なことだよ。僕の音楽を聴いて「へぇ、クールじゃん」って言ってくれる人はいるけど、果たして僕の音楽は時代を超えて愛されるものになるのだろうか?でも、そういった変化を起こすひとりになれたら嬉しいね。「僕にできることってなんだろう?」って考えたりするんだけど、結局僕にできることは、ただアートを作ること。自分がリアルだと思うことを歌にすること。そして自分らしくいること。僕にできることはそれぐらいだと思う。
残念なことだけど、いわゆるオルタナティブR&Bみたいなことをやればもっと売れるだろうね。そしてトラップ的なビートの上でセックスについて歌えばね。時代はすっかり変わって、それが今は主流なんだ。
―― しかし昨今ではケンドリック・ラマーのようなアーティストが、黒人音楽の豊かな歴史を注ぎ込んだ音楽を、ミュージシャンの生演奏を用いて表現していることを考えると、変化は確実に起こっているような気がします。
確かにそうだね!彼のような、何をやっても許される人気者がそういうことをやってくれると、「なんだろうこれ?チェックしてみよう」ってなる若者も増えると思う。だから凄く良いことだね。しかし黒人に限らず、素晴らしい音楽を残してきた偉大な人のことや、過去の素晴らしい音楽の存在を知らない、そして知ろうともしない無知で視野の狭い人は、残念ながらたくさんいると思うんだ。僕の音楽が、少しでも新しい発見をするきっかけになってくれたら嬉しいよ。
RELEASE INFORMATION
Leon Bridges/リオン・ブリッジズ
『Coming Home』

- 発売中
- Sony Music Japan
- 2,376円(税込)
- SICP-4745
Tracklist
- o1. Coming Home
- 02. Better Man
- 03. Brown Skin Girl
- 04. Smooth Sailin’
- 05. Shine
- 06. Lisa Sawyer
- 07. Flowers
- 08. Pull Away
- 09. Twistin’ & Groovin’
- 10. River
- 11. So Long (From The Motion Picture Concussion)(日本盤ボーナストラック)
More Info: Sony Music
Live photos by Mitch Ikeda