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1stアルバム『Salt』から大きな成長を見せたLizz Wright/リズ・ライトの通算5枚目
凛とした深みのある歌声で、ジャズ、ゴスペル、ブルース、ソウルやフォークの影響が感じられる歌を、ときに静謐に、ときに情熱的に歌い上げるシンガー・ソングライター、リズ・ライト。米南部ジョージア州出身の彼女は、ジョー・サンプルに見出され、彼の2002年のアルバム『The Pecan Tree』にて華々しいデビューを飾った。2003年にVerveから1stアルバム『Salt』をリリースし、その後も『Dreaming Wide Awake』(2005年)、『The Orchard』(2008年)、『Fellowship』(2010年)と数年に一度のペースでVerveより新作をリリースしてきた彼女だが、5年のブランクを経て、9月にニューアルバム『Freedom & Surrender』をConcordから発表した。
プロデューサーには、これまでジョニ・ミッチェル、マデリン・ペルー、メロディ・ガルドー、メアリー・ブラック、トレイシー・チャップマンなどを手がけてきた巨匠ラリー・クラインを迎えている。カバー曲が中心だった前作とは打って変わって、今作では2曲を除いて全曲オリジナルとなっており、リズ本人とラリー、そしてソングライターのデヴィッド・バトゥの3人で作曲した曲がメインとなっているが、リンダ・ロンシュタット、イーグルスなどの楽曲を手がけたベテラン、J.D.サウザーや、ジェシー・ハリス、トシ・リーゴン、マイア・シャープらと一緒に制作した曲も収録。パーソネルには、ギターにディーン・パークスとジェシー・ハリス、キーボードにケニー・バンクス、ピート・クズマ、ビリー・チャイルズ、ベースにダン・ルッツ、ドラムにヴィニー・カリウタ、パーカッションにピート・コーペラ、ホーンにティル・ブレナーと、敏腕セッション・ミュージシャンを招いており、ゴスペルをルーツに持つ彼女のスピリチュアルであり官能的でもあるヴォーカルが映える演奏を見せている。なお、同じく教会をバックグラウンドに持つジャズ・シンガー、グレゴリー・ポーターも参加しており、リズと美しいデュエットを披露しているところも見逃せない。11月の半ば、名古屋と東京のBlue Noteでの公演を終え、Cotton Clubでの公演を控えていたリズ・ライトに、新作について話を聞くことができた。
―― 前作からは5年のブランクを経ての新作リリースとなりますが、その期間はどう過ごしていたのですか?
曲は作ってなかったけど、音楽の仕事はしていたわよ。ニーナ・シモンのトリビュート・アルバム(『Pour Une Âme Souveraine: A Dedication to Nina Simone』2012年)に参加したし、テリ・リン・キャリントン(『Money Jungle: Provocative in Blue』2013年)とか、ラウル・ミドン(『Don’t Hesitate』2014年)のアルバムにも参加したわ。ツアーもしていたしね。それ以外では、引っ越しをしたことが大きかった。ノースカロライナの山奥に土地を買ったの。生まれ故郷が田舎だったから、またのどかな場所に暮らしたかった。それまでブルックリンに住んでた私にとって、山奥の生活は慣れるまでちょっと時間がかかったから、しばらく制作はしないでその環境に慣れようと思っていた。また昔みたいに自分で芝を刈ったり、木を切って暖炉で燃やしたりしてたわ。
―― 何故、都会を出たいと思ったのですか?
自然の中にいるとパワーをもらえるの。今日の朝も東京を散歩して公園を探したわ。木のない場所に何日もいられないのよね。でも今日は道端に30センチぐらいのミミズを見つけるぐらいしか出来なかった。だからそのミミズをずっと観察してた(笑)。とにかく自然を探したかったの。
―― 自然の中での生活は、今回のアルバム作りにどう影響したと思いますか?
私は家の周りで、とてつもなく美しい光景をひとりで見るの。そういったものを曲で表現しているわ。例えば、うちの道沿いにある草地でホタルの大群を初めて見たときがあって。街灯はないからジャマな灯りが一切なかった。暗闇に浮かぶホタルの光が、シンクロしてまたたくように輝いていて。無数の光が集まって雲に見えたわ。数年前の6月ぐらいの夜だったと思う。私は車のエンジンを切って、ただひとりで感動して泣いたわ。私が住んでいるところには老人しかいないんだけど、家は凄く離れているし、辺りには私しかいなかった。その光景は言葉にできないほど美しかったわね。写真も撮れない。他人と共有することもできなかった。あまりに美しくて心が締め付けられる想いだった。アルバムの「Somewhere Down the Mystic」という曲は、デヴィッドとラリーに自然の中で出会った印象的な場面を思い出して欲しいと言われて作詞した曲で、このホタルを思い出していたの。あと暖炉の前に座って炎を眺めるのも好きだわ。とにかく美しいものを見ると幸せになるの。

リズ・ライトが愛を歌うニューアルバム『Freedom & Surrender』
―― ニューアルバムは『Freedom & Surrender』というタイトルで、アルバムの最初の曲が「Freedom」で、最後の曲が「Surrender」です。このふたつの言葉をタイトルに選んだ理由は?
アルバムのタイトルは、曲が全部出来上がるまで決めていなかったんだけど、曲が終わってラリーが決めた曲順を見て、そのタイトルを思いついたの。その2つの言葉の対比が面白いと思った。「Freedom(自由)」と「Surrender(降伏)」って、一見全く逆のことのように思える。でも、ときには同じことにもなりうると思うの。特に恋愛においてね。自由になることと、誰かに自分の自由を捧げてしまうことは、色々な意味でこのアルバムを象徴している気がした。これは、様々な視点から「愛」を歌ったアルバムなの。
―― ラリー・クラインをプロデューサーに迎えての制作はいかがでしたか?
最高だったわ。よく笑った。彼の凄いところは、彼が手がけた作品は全て違う音になっていること。誰と仕事をしても、いつも自分の音になってしまうプロデューサーは沢山いるわ。もちろんそれは悪いことではなくて、それが良さでもあるんだけれど、ラリーが手がけた作品には、アーティストそれぞれの個性がしっかりと出ている。ラリーは以前から私と制作をしたいと思っていてくれたみたいで、今回ようやく実現したの。最初に会話をしたときから、もう本当に楽しくて。彼はとても頭が切れる人ね。アーティストを気持ち良くする術を心得ている。頑固なところもあるんだけど、それを前面に出さない。人の話をしっかり聞いてから、自分の意見を言う人。だから彼が自分の意見を言うときは、すでに十分考え尽くしていて自信を持っているときだから、とても説得力がある。人と共感することが上手いんだけど、それはプロデューサーとして珍しいと感じたわ。
―― 今作の音楽的な方向性は、制作を始める前からある程度イメージが出来ていたのですか?
いえ、ラリーも作曲に関わって、3人で曲を作っていくなかで徐々に方向性が見えてきたって感じね。今回ラリーの制作の仕方を学びたいと思っていた。でもラリーは頭の中でどんどんアイディアを固めてしまう人で、彼の出すアイディアの出所が解らないときが多かったわね。でも彼はプロデューサーとして信用できるし、ただのプロデューサーではなくてアーティストだから、頭の中で起きていることを言葉にできないのは私も共感できた。私が唯一断固として主張したのは、私が19歳のときから一緒にやってきた友人のキーボーディスト、ケニー・バンクスに参加してもらうこと。「無名だし、田舎者かもしれないし、多分ネット上では彼の演奏の動画よりも釣りをしている動画のほうが見つかるかもしれないけど、彼は素晴らしいミュージシャンだわ。私を信じて」って何度もお願いして説得したの。でも、新しいミュージシャンと仕事するのも新鮮で楽しかった。自分のバンドが大好きだけど、新しいプロデューサーと新しいミュージシャンで制作をするのも、視野が広がる良い機会になるわ。
―― アルバムの収録曲の半分はあなたとラリーとデヴィッド・バトゥとの共作です。デヴィッドとの作曲はいかがでしたか?
デヴィッドも楽しい人だった。彼は、本とか映画とか歴史に本当に詳しいの。でも知識をひけらかすような人じゃなくて、その膨大な知識を使って人と共感したり、人をより理解しようとするの。彼とラリーは長年の友人なんだけど、ふたりの会話を聞いているだけでとても多くを学ぶことが出来た。科学のこととか、私の知らないことがいっぱい登場して、後で勉強するためにリストを作ったぐらい。それって素敵じゃない? 同じ歌を何回も歌うことになるなら、その歌は常に新鮮で、濃厚で、聴けば聴くほど旨味の出る味わい深いものじゃないといけないと思うんだけど、このアルバムは彼らのおかげでそうなったと思う。
―― 曲の内容や歌詞などは、そういった3人の会話から生まれたものが多かったですか?
ええ、まさにそう。今回全部で6回ぐらいロサンゼルスに行って制作をしたの。毎回10日ぐらい滞在して。平日は1日4時間ぐらい制作して、週末は休んだんだけど、開始するのは遅い時間だったから、私は朝ビーチに行ってからスタジオに行っていた。あとドライブしたりして、とにかくロサンゼルスの雰囲気をたっぷり吸収していた。もう本当、街に引っ越してきた彼らの隣人のような気分だったわ。
―― 「Right Where You Are」はJ.D.サウザーとの共作です。J.D. との制作はいかがでしたか?
私の弁護士が彼の出版会社に関わっている人で、彼に「J.D.と曲を作ったら?」と提案されたのがきっかけだった。それで私はナッシュヴィルに行って彼と曲作りをしたわ。J.D.も才能溢れる人なんだけど、彼はいつもちょっとボーッとしている所があって(笑)。でも彼が言う言葉は本当に賢くて、詩的なの。そして…なんて言えばいいか解らないんだけど、彼は私のことを…ただの作曲パートナーではなくて、女性として見ているような気がしたの(笑)。ちょっと慣れないといけなかったわ。なぜか私にピアノを弾かせたり。私よりも彼のほうが上手なのに! 沢山ピアノを弾いたし、彼のために料理も作ったし、彼の家の周りの敷地を一緒に散歩した。そして彼が書いた詞を読んでみたら、彼はずっと私のことを観察していたんだと気づいた。ちょっと不気味だったけど、でも素敵だった。そのあと、ロサンゼルスのスタジオでラリーに「彼の家に戻ってこの曲を完成させるかい?」と聞かれたときは、「いや、やめておくわ」と答えたけどね。結局その曲はラリーと仕上げたの。
―― しかし、そういった背景があったからか、非常に美しい曲に仕上がっています。グレゴリー・ポーターとの相性も良いですね。
彼がデビューして以来、色々なレーベルの人とかファンの人に「グレゴリーと一緒に曲をやって欲しい」って言われていたの。それで彼の1stアルバムを聴いてみたら「この人、最高じゃない。私とデュエットなんて必要ないわ」と思った。でも数年前、ヨーロッパのツアーで一緒になって、人が言っていたことが何かわかったの。「現代版ロバータ・フラックとダニー・ハサウェイを人は求めてる」って。あと、お互い牧師の子供だから凄く共感出来る部分があって。彼と実際に合ってみたら、確かに相性が良さそうだと思った。この曲のときは、最初私ひとりでレコーディングを終えていたんだけど、これならグレゴリーが参加するのもアリかもと思った。元々はJ.D.の提案だったわ。グレゴリーにメールしてみたらOKをもらえて、パリでレコーディングしてくれた。
―― 同作にはトシ・リーゴンと、ジェシー・ハリスと制作した曲もありますが、ふたりとは以前から曲作りをしてきた仲です。
ジェシーは親友のひとりなの。私にとってお兄さんみたいな人だわ。一緒によく笑うし、作業も早い。とにかく仲が良くて、あっという間に曲が出来てしまうわね。クレイグ・ストリートを通じて知り合ったんだけど、とても謙虚でフレンドリーな人だわ。成功している人だけど偉そうにしない。彼との曲作りは楽しいね。あと、彼は歌詞の1行1行にちゃんと意味や価値がないといけないと考える人で、「この部分はどういう意味?」とか、よく聞かれる。
―― トシ・リーゴンは、このアルバムの鍵となっている「Freedom」と「Surrender」両方を手がけています。
トシとも、クレイグ・ストリートを通じて知り合ったわ。名前を聞いて日本人の男性かと思ってたら、目の前にいたのは帽子をかぶって、ギターを背負っていた黒人女性だった。お互いジョージア出身だから、すごく共感できるのよね。彼女の家族とも仲良くなったわ。
オリジナルと並び、リズ・ライトのセンスが光る『Freedom & Surrender』収録のカバー曲
―― カバー曲にイギリス人シンガー・ソングライター、ニック・ドレイクの1969年の曲「River Man」を選んでいますが、この曲を選んだ理由は?
ニック・ドレイクはもうずっと前からカバーしたかったのよね。「River Man」は最初に聴いたニック・ドレイクの曲だった。この曲は“自由”をテーマにした曲なんだけど、物語仕立てなの。今回のアルバムの他の曲は「私とあなた」みたいな、一人称の視点で語っている歌詞が多いんだけど、この曲は第三者の視点で語られている美しいストーリーなのよ。あまりこういう曲はやらないから、新鮮で良いなって思った。
―― もうひとつのカバー曲が、ビージーズの1967年の「To Love Somebody」ですが、これはニーナ・シモンやロバータ・フラックがカバーしたことでも有名です。
カバー曲をリストアップしたときに入ってた曲なんだけど、ロバータ・フラックのバージョンがあまりにも好きで、やらないでおこうと思ってた。あとニーナ・シモン。YouTubeで彼女がこの曲を歌っているときの動画があるんだけど、凄いわよ。バンドはもう演奏をやめようとしているのに、ニーナは2番目を歌い始めて、しかもフレージングの間がたっぷりあって、もうほぼ喋ってるみたいで…すごくパーソナルで、表情も凄くて、たまらない。そういったバージョンがあるのに、私なんかがやる必要はないって思った。でもラリーのアイディアで、ゴスペル調でやるのはどうかっていう話になって。やってみたら、新しい解釈だと思えるものができたの。ロバータとニーナの声が頭の中で聴こえなくなっていたから、アリだと思ったわ。
―― 「Here and Now」という曲の詞は、女性詩人マヤ・アンジェロウにインスピレーションを受けたという話がプレスリリースにありましたが、この曲はどのようにして生まれたのですか?
デヴィッドとふたりでセッションをやったときに生まれた曲なの。ラリーは、ウェイン・ショーターのドキュメンタリーのインタビューを受けるために、元妻のジョニ・ミッチェルに会いにいかなくてはいけなくて。それでデヴィッドと2人で作曲をしていて、彼がギターで色々とグルーヴを演奏してくれていたんだけど、彼の演奏の仕方はすごくカジュアルで独特なのよね。チューニングもちょっと変わってて。それに会わせて私は即興で歌いながら歌詞を考えていって。2番目のヴァースになったときに、こういった歌詞が自然と出て来たの。「I wanna love as free as I dream, and close the cage that made me sing(夢をみるかのように自由に愛したい/私を閉じ込めていたカゴを閉めて)」。するとデヴィッドは、「これはマヤ・アンジェロウの詩にインスピレーションを受けたんじゃないか?」と言ったの(註:マヤ・アンジェロウの有名な作品に、人種差別を受ける黒人をカゴに閉じ込められた鳥に例えた“Caged Bird”がある)。そのちょうど前日にマヤ・アンジェロウが他界していた(註:2014年5月28日没)。無意識のうちに彼女のことを考えていたみたい。そのときは彼女がそばにいるような気がしたわ。
―― 亡くなった偉人と言えば、ジョー・サンプルが他界してから1年以上が経ちました。1stアルバムをリリースする以前、あなたはジョー・サンプルと活動していましたが、彼にはどういったことを学びましたか?
最初に日本に来たのが彼とのツアーだった。あと、彼の訃報を聞いたときも、たしか日本にいた時だったわ。凄い偶然よね。ジョーは日本のタワーレコードで、大量にブルースのCDを私のために買ってくれた。「これを聴いて欲しい。こういった音楽が君のルーツだと思う。君の声にそれが聴こえるんだ」って言われた。ジョーのおかげでブルースをちゃんと聴くようになった。彼とライブをやっていて思ったのは、彼はオーディエンスと凄く距離が近かったこと。特に日本の観客と凄く深い絆があった。とてもパーソナルでスウィートだった。パフォーマーと観客があそこまで親しい関係になることができるんだ!って驚いたわ。それを見て私は、そういった国境を超えた人との繋がりを持って、グローバルなコミュニティーの一員になれるなら、このライフスタイルも素敵だなって思えた。ただショウをやるだけじゃなくて、オーディエンスと絆を作る。それがすごく人間味があることだと思って、とても嬉しくなったのを今でも鮮明に覚えてるわ。
Words by Danny Masao Winston Photos by Jesse Kitt
RELEASE INFORMATION
Lizz Wright 『Freedom & Surrender』

- 【CD】¥2,600 (Tax excl.)
- Concord Records
- Now On Sale
- UCCO-1159