ニューヨークを拠点に活躍する日本人トランペッターがニューアルバムを発売。心境を伺った。
Takuya Kuroda Interview
トランペットを武器にニューヨーク・ジャズの最前線で戦い続けるアフロ・サムライ、黒田卓也。日本の大学を卒業後渡米し、ロバート・グラスパーやビラルを輩出したニュースクール大学を経て、ブルックリンを拠点に活動し続け、ホセ・ジェイムズなど現代ジャズのトッププレイヤーたちと数々の共演を果たしてきた。日本のジャズ界で名を馳せてから渡米をするのではなく、最初から本場で腕を磨き、同世代のプレイヤーたちの信頼を勝ち取り、ニューヨークという競争の激しいタフなフィールドで自身の居場所をしっかりと確立してきた実力者である。
2010年から2013年のあいだに3枚のリーダー作(『Bitter and High』、『Edge』、『Six Aces』)をインディーズで発表したのち、2014年には日本人として初となる本家Blue Noteからのメジャーデビュー作『Rising Son』をリリース。ホセ・ジェイムズの全面プロデュースであった同作はジャズとR&Bやソウル、ファンク、アフロビートなど様々な要素を絶妙に融合させ、多方面にクロスオーバーする近年のジャズ・シーンに呼応しつつも黒田ワールドを展開した好作であった。
そんな気鋭トランペッターがニューアルバム『ジグザガー』を完成させた。Concord移籍作となる新作は黒田本人のセルフ・プロデュース。レコーディングに関わったのはニューヨークで共に活動しているレギュラー・バンドのメンバーであり、トロンボーン奏者のコーリー・キング、キーボーディストの大林武司、ベーシストのラシャーン・カーター、 ドラマーのアダム・ジャクソン、そしてパーカッショニスト小川慶太という、ニュースクール時代の同窓とニューヨークで切磋琢磨している日本人から成る編成となっている。更にブルックリンのアフロビート楽団、アンティバラスをゲストに迎えており、日本盤にはceroとのコラボ曲がボーナス・トラックとして追加収録されている。
『Rising Son』のサウンドの延長線上にありながらも、より躍動的で、ファンキーで、多彩に煌めく風合いが魅力的な新作。黒田卓也に『ジグザガー』を紐解いてもらった。

―― まずは今回のアルバム『ジグザガー』のコンセプトから教えていただけますか?
ホセ・ジェイムズにプロデュースしてもらった『Rising Son』を踏まえて、そこからさらに進化するという意味で、より黒田卓也の色を出そうと思いました。前回のようなクールなムードもいいけど、もっと暑苦しいというか、夏っぽいアルバムを作りたいなと思ったんです。前のアルバムが「静」だとしたら、今回のアルバムは「動」ですね。
『ジグザガー』というタイトルに関しては、“ジグザグ”という言葉はすごく自分を象徴していると感じるんですよ。人生はまっすぐに行かないという意味でもそうだし、音楽もすごくジグザグしているというか。リズムとメロディーがうねうねと3次元に動いている感覚ですね。
―― インディーズの3作もセルフ・プロデュースでしたが、ホセ・ジェイムズのプロデュースを経て今回、再度ご自身で舵を取ってみていかがでしたか?
その3作で培ったものと、前回ホセのカラーに基づいてやったことが融合して、今回さらに前に進んだ、という気がしています。『Rising Son』がなかったら絶対にこのアルバムは作れなかったし、最初に3作を作って自分の道を作ってきたからこそできたものでもあると思うし。
『Rising Son』のときはホセが「大丈夫だタクヤ、俺に任せておけ」という感じだったんですが、今回は自分主導で「こうしたい」って動いたので、制作の進め方が全然違いましたね。あと、前回は自分の演奏にあまり集中できなかったんですよ。初めてのメジャーレーベルでプレッシャーもあったし、とにかく作り込む時間的余裕がなかった。ホセのワールド・ツアーを2年間ずっとやっているあいだに制作して、時間がないから飛行機のなかで曲を書きました。今回はちゃんと準備して作り込めたので、自分のやりたいことにフォーカスできたし、スタジオに行ったときはもうやるべきことがわかってましたね。それもあって、演奏も今回のほうが落ち着いてできました。
―― 前作はホセのバンドでのレコーディングでしたが、今回は黒田さんのレギュラー・バンドでのレコーディングというのも大きな違いですね。
前作のときもアルバム発売後のツアーは、僕のバンド・メンバーに演奏してもらったのですが、自分たちで録音したものを再現したほうが楽しいじゃないですか?違う人がやったのを「こうやって演奏して」って言うのもねぇ。だから今回は自分のバンドでできて良かったです。
―― 長く付き合いのあるメンバーばかりのようですが、小川慶太さんはアルバムのレコーディングには今回初参加のようですね?
慶太くんとはかれこれ20年くらいの付き合いなんです。彼は長崎出身なんですけど、アメリカに渡る前に神戸の学校にきていて、僕が通ってたジャズ・クラブでバイトしていました。その時からの知り合いで。その後彼はボストンのバークリーに行って、僕はニューヨークに行って。それから彼もニューヨークにきて、現在は大活躍中です。
大所帯になるからパーカッションはツアーに連れていけないので、これまで作品にもあまりパーカッションを入れてこなかったんです。だけど今回はすごく入れたかった。ただのジャズ・アルバムを作ろうとは思ってなかったので、キーボードもたくさん重ねたし、パーカッションもたくさん入れたくて。それで、慶太に頼むことにしたんです。スタジオに見たこともないようなパーカッションを50個くらい持ってきてくれました。「Good Day Bad Habit」の演奏とか感動ものでしたよ。
大林くんとは5年くらいの付き合いですね。関西時代から知り合いのドラマーの柴田亮が紹介してくれました。大林くんが丁度バークリーを卒業して日本に戻った時、柴田くんに誘われて一緒にライブをやることになって、「こんなすごいやつがいるのか!」と一目惚れしたんです。それから彼がニューヨークにやってきたので自分のバンドに誘いました。
―― コーリー・キングは『Rising Son』にも参加していましたが、トロンボーン奏者だけでなくシンガーとしての顔もあり、今作の「Do They Know」では歌声を披露しています。
コーリーはニュースクール時代からの友達で、もう12年の付き合いですね。彼とはとても仲が良くて、本当にソウルメイトというか。もう、言葉で説明する必要ないんですよ。曲を聴いて僕が一回メロディーを吹けばすぐに理解してくれる。諸葛孔明みたいな思慮深い人で、横にいてくれると本当に安心しますし。
昔から彼は歌っていたんですけど、最近バンドのメンバーとして参加しているエスペランサ・スポルディングのショウなどでは歌ばかりでトロンボーンを吹いていないんですよ。今度彼は初アルバムを発売するのですが、(『Lashes』、10月6日の発売)これもトロンボーンを一切吹いていなくて全部歌なんです。「ジャズ・プレイヤー」という感覚が彼にはないんですよね、良い意味で。そういう所に凄く影響されましたね。もの凄くユニークな存在です。
ラシャーンもニュースクール時代からの友達なのですが、数少ないハイブリッドなベース・プレイヤーで、アップライト(ウッド)ベースもエレキも演奏できます。今のジャズ・シーンを象徴するプレイヤーだと思いますね。昔はそういうプレイヤーはそこまでいなかった、というか両方弾ける必要があまりなかったんです。ジャズの人はアップライト・オンリーでいい、ポップスの人はエレキベース・オンリーでいい、っていう感じで。でも今のジャズ、特にニューヨーク界隈ではどんどん増えてきていますね。ベースは両方弾けて当たり前で、彼はその先駆者的なプレイヤーだと思います。今31歳なんですけど、年のわりには結構ネチっこいベースを弾くんですよ。
アダムもニュースクールからの仲ですけど、何をやらしても良くて。とにかくタッチが素晴らしいし、本当に頼もしいメンバーですね。ハードなグルーヴをずっと出してくれて、後ろでしっかり支えてくれるから安心して演奏できます。ドラムって僕の音楽では8割を占めるくらい大切な楽器なんですよ。だから、彼に僕の楽曲を理解してもらうっていう作業がこのアルバムでもすごく大切な行程でした。前もってデモを送って彼の意見をきいて、どのスネアで行くかとか、そういった彼とのやりとりを大事に行いました。

“アフロビートにはグルーヴの秘密が隠されているんです”
―― ドラムと言えば、今回の新作は特にアフロビートのリズムの影響が強く出ていると感じました。黒田さんはアコヤ・アフロビート・アンサンブルというアフロビート・バンドのメンバーでもありますね。アフロビートという音楽とはどう出会ったのですか?
まさにそのバンドのメンバーになったことがきっかけでした。ニュースクールを卒業したばかりで仕事がないときに、トランペットが必要ということでバンドに誘われて、最初に「これ聴いてくれ」ってフェラ・クティのアルバムを渡されたんです。それまで全く知らなかったんで、「なんじゃコレ?」っていう感じでした。
ライブをやったとき、お客さんの盛り上がり方に衝撃を受けましたね。アフロビートって1曲を20分とかやるんですよ。ベーシストとかが同じフレーズをずっと弾いてて、トリップする感覚でした。その前で踊りまくってる人たちを見て、ジャズという音楽の目的とか得られる効果とはまったく違うものを目の当たりにして感銘を受けましたね。
紐解いてくと、アフロビートには音楽の秘密というか、グルーヴの秘密が隠されているんです。ファンクといったアメリカで生まれた音楽とは全く違う要素が詰まっていて、アフリカの音楽なんですけど、リズムの作り方がラテン音楽に近い。そのリズムを身体に染み込ませたら、すっかりアフロビートの虜になっていました。
―― トランペットの演奏で言うと、ジャズとアフロビートはどう異なりますか?
メロディーの取り方が全く違うんですよね。具体的に言うと、メロディーの始まる場所が違う。「ここにくるだろう」と思う所にこないんですよ。僕らはどちらかというと西洋の音楽に慣れているじゃないですか?でもアフロビートはファンクやヒップホップ、R&Bなんかと全然違うんですよね。でもちゃんとそこにはシステムがあって。南米の音楽のリズムの取り方に近いんです。そういう部分にはすごく影響を受けていて、このアルバムのメロディーにも反映されています。
―― アンティバラスとのコラボレーションはどう実現したのですか?
アンティバラスとアコヤって兄弟バンドみたいな繋がりなんです。ブルックリン発祥のアフロビート・バンドだとこの2つがおそらく最も歴史の長いバンドだと思うんですけど、アンティバラスが売れたほうで、アコヤが売れなかったほう(笑)。でも、アフロビートは小さいコミュニティーなので、メンバーをたまに貸し借りしたりするんですよ。
自宅近くのBrooklyn Bowlでアンティバラスが月一回ライブをやってるのですが、「お前家が近いから、トランペット持ってたまに遊びにこいよ」って誘われて、飛び入りしに行ったんですね。そして「こいつら格好良いな」って思って、次の日電話して「今アルバム作っていて…」って話したら、「OK!」ということで参加してもらえました。

―― アンティバラスとはドナルド・バードの「Think Twice」をカバーしています。Jディラやエリカ・バドゥもやっている名曲ですけど、この曲をカバーするにあたってどんなことを意識しましたか?
これまでカバーされまくってる曲なんで、普通にはできないなっていうのはありました。でも前回(ロイ・エアーズ「Everybody Loves The Sunshine」)同様、カバーはどうしてもやりたかったんです。カバーを入れることで、僕のことを知っている人も知らない人も、このアルバムの位置づけがしやすくなるので。
アンティバラスに参加してもらうことになったとき、最初は僕のアルバムの他の曲を選んでもらって、アンティバラスにリミックス・バージョンを作ってもらおうと考えていました。でも「ちょっと待てよ。“Think Twice”を彼らと一緒にやったら何かが生まれるかもしれない」と閃いたんです。それで、ベーシストのニックとふたりでデモのトラックを簡単に作って、メンバーを集めてやったら大成功でしたね。
あまりcheesy(安っぽい)にならないように、でもあまりややこしくなりすぎないようにするのがなかなか難しかったですね。
―― ややこしくなりすぎないように意識したというのは興味深いです。ジャズという音楽はそもそも、複雑で難しい音楽だと考えられがちですよね。その辺りのバランスは良く考えたりしますか?
僕は昔からそれは考えていて、インディーズで出した最初のアルバムのときから絶対にメロディーを歌えるようにしよう、って決めていました。口ずさめる、記憶に残るメロディーにしようと。なおかつ、どうやってcheesyにしないか、そこにこだわってきました。メロディーの下に僕の秘伝のコードを置いたりして。でも大抵の人はメロディーから耳に入るから、「なんか格好良いな」くらいで終わる。そんな、人と共有できる場所を残すっていうことは昔から意識していますね。
“100年後の人がこれをみたときに、「なんじゃコレ」って言ったら面白いじゃないですか?”
―― 今回のアルバムのアートワークは前作『Rising Son』と対照的で、非常に色鮮やかです。
モロッコ出身でロンドン在住のハッサン・ハジャージ(Hassan Hajjaj)というアーティストに、彼がやっているプロジェクトの一環として僕のアルバムのアートワークを手掛けてもらいました。今回のアルバムは音から色がすごく見えたので、ジャケットも鮮やかにしたいなと思って。彼の作品がすごく好きだったので、アルバムを聴いて僕の熱い想いを色で表現して欲しいと依頼したんです。彼は世界中飛び回っていてとにかく忙しいんですけど、1日だけあった彼の休みに合わせて、滞在先のLAまで行って撮影しました。彼は、お金はいらないけどその代わりこの作品を彼も使うという交換条件でやってくれたんです。彼は『Rock Stars』という写真と枠組みのアートを組み合わせたアート・シリーズを作っていて、ホセも撮影しています。このバックは毛布なんですけど、それを後ろに立てて写真を撮りました。色は彼のイメージに任せましたね。
今回、ジャズのジャケットによくあるような、僕がトランペットを持って白黒で格好つけてるようなのはもういいかなって思ったんですよね(笑)。昔のアルバムって、例えばマイルス・デイヴィスの『Bitches Brew』とかハービー・ハンコックの『Head Hunters』とか、凄いセンスのアルバム・ジャケットってあるじゃないですか?ああいうの、とてもヒップだと思うんですよね。アルバムのジャケットって写真を載せるためだけじゃないというか、ただのポートレートじゃなくて、そこに収められた音楽を象徴するものじゃないといけないと思うんです。だから今回は一歩外に出てみたかった。音楽と合わせて初めて意味を成すものにしたくて。僕はミュージシャンであって、アイドルでもモデルでもない。僕が格好良く写りたいわけじゃなくて、作品として見て欲しいので。音楽を聴けば意味をわかってもらえると思います。
でも実際、レーベルがこれをOKするとは思ってなかったですね。かなり画期的というか、攻めているので(笑)。
―― パッと見、ジャズだとは思わないですよね。
それが必要だったんです。ただのジャズ作品とは思われたくなかったというか。まず人の目に留まることが大事なんです。何だってとっかかりが必要だし。手にとって聴いてもらうことができたら、中身には絶対の自信がある。なんとかそのきっかけを1個でも増やして、作品としての意味合いを強くしたいって思ったんですよ。
100年後の人がこれをみたときに、「なんじゃコレ」って言ったら面白いじゃないですか?で、聴いてみたら「すげぇ!」って。その自信はあるので。